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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 11

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 一通り、病院での真綾の話を聞いてみたが、何だか無性に腹の立つ男である、その桑折祐樹とかいう青年。
 だらしない上に頼りにならず、意思も弱い。
 母親の容態よりもゲームの心配をし、こんな状況でも現実世界を見ることが出来ない。
「――オレが今から行ってゲームを壊して来てやるよ」
 そう言って舜は、真綾の前に手を差し出した。
 もちろん、前払いの催促である。
 お金の話をするのが何だか後ろめたい気がして言い出せない日本人とは、そこのところが違うのだ。
 この国では、お金の話をすると『汚い』だとか『強欲』だとか思われてしまうのではないかと、他国のようにビジネスライクに語れない慣習が出来上がってしまっている。
 もちろん真綾もそれがお金の催促だとは解らず、
「え? 私も行くの? 明日、仕事なんだけど……」
 何しろ、もう夜中を過ぎている。眠れるかどうかは判らないが、少しでも目を瞑って休んでおきたい。
 そんな真綾の心を知ってか知らずか――、
「違うよ。約束の千元」
 舜とて、真綾に来てもらっても、特に何の手助けにもならない。
「あ、ああ」
 やはり『千元』と聞こえたが、真綾は財布から千円札を取り出し、目の前の舜の白い手に差し出した。
こんなに安くであのゲームをリセットしてもらえるのなら願ったり適ったりだし、こうして真綾の家まで訪ねて来るくらいだから、お金だけ持ち逃げするような輩でもないのだろう。
 というか、どうしてこの不思議な少年たちに、真綾の家が解ったのか――。
 ――不思議な……。
 そう。彼らはきっと、真綾が今感じている通り、きっと人間ではないのだろう。人間より人間らしい気もするが、その整い過ぎた面貌と、軽々と窓から入って来た姿を見ても、人外の何かとしか思えない。
 そして、そんな人外を見ても、何も疑問に思っていない自分が不思議だった。
 狐か狸の類なのか、妖怪、魔物の部類なのか。
 まさか、祐樹の処にあの悪魔と天使がいるように、この神秘的な少年と妖艶な美女は、真綾の天使と悪魔なのだろうか――。ふと、そんな思いが脳裏を過った。
 そこへ割り込んで来たのが、この声だった。
「でも、あれってPCだったよね? オンラインゲームだったら、PCを壊しても意味がないんじゃ……」
 姿は見えないが、声は聞こえた。
「あ……」
 声の主の言う通りである。
 真綾は今更ながら、絶望を感じた。
 祐樹のPCを壊しても、IDとパスワードさえ覚えていれば、どの端末からでも再開することが出来るのだ。
「へ? 何なんだ、そのオンラインゲームって?」
 さっぱり解っていないのが舜である。
 ここで一同は、しばしその『オンラインゲーム』の説明に時間を使い、
「……ごめん、今日はもう横になりたい。また明日にしてくれる?」
 瞼を静かに抑えて、真綾は言った。
 何しろ、あと少しで夜が明ける。もうそんな時間なのだ。
「まあ、オレもその方が都合がいいけど」
 こちらは、朝陽の中を出歩くのが苦手である。
 何しろ、吸血鬼、と呼ばれる夜の一族なのだから――。
「じゃあな」


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