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十七夜 憑き物の巣
十七夜 憑き物の巣 7
しおりを挟む救急車で運ばれて行った母親と、それに付いて行った祐樹と真綾を見送り、舜とデューイは部外者として、当然のことながらその場にぽつんと取り残された。
興味深そうにドアの隙間から覗いていた向かいの部屋の住人も、周辺の棟の人々も顔を引っ込め、
「どうする、舜?」
デューイが訊くと、
「どうするったって、誰もいなくなったんだからしょうがないだろ」
祐樹の母親はすでに意識がなく、朝から晩まで続けていたパート勤めの疲労や、一日中ゲームをしている息子への精神的なストレス、慢性的な睡眠不足が祟って倒れたのではないか、ということだったが……。
救急車は搬送先が決まるまで出発しないため、耳の良い舜とデューイには、聞き耳を立てるでもなく、そんなやり取りが聞こえていたのだ。
「取り敢えず、中に入ろう」
「え……?」
――入るのか!
鍵は、救急隊員に促されて祐樹が掛けていたが、デューイの体ならドアの隙間から入ることは難しくもないし、中からなら難なく鍵を開けられる。本当に、灰の体になってからというもの、便利なこと、この上ない。
もちろん、不便なことも色々とあるが。元々が深く考えて悲観してしまう性格ではないため、それで絶望してしまうこともあり得ない。
そんな訳で、今日も愛しい舜に言われるまま、ドアの隙間から中に入り、鍵を開けて舜を中へと入れたのである。
まあ、ドアを壊して中に入られるよりはマシ、と思っていただければいい。何しろこの少年、死に切れない一族の中でもズバ抜けた力を持っているのだから。
人々は、そんな彼らの事を、吸血鬼、という陳腐な名前で呼ぼうとするかもしれない。夜毎に這い出て血を啜る、悍ましい悪鬼であると。
だが、本当の彼らはそうではない。満たされることのない喉の渇きと、狂いそうになるほどの飢えに苛まれながらも、死に切れずに生きて行かなくてはならない一族なのだ。
そう。不死ではなく、死に切れない者――それこそが彼らの呼び名である。
「ここに倒れてたんだな、きっと」
部屋の中は飾り気もなく、贅沢とは無縁の生活が見て取れる簡素さだった。
場所は台所で、仕事から帰った母親が、夕飯の支度をしようとしていたところだったのだろう。スーパーの袋の中身は、まだ冷蔵庫に入れかけで、今夜の夕飯の材料が出してある。
体の不調を堪えて、それでも夕飯を作ろうとして倒れたのか、ゲームばかりしている息子を叱りつけて倒れたのか……どっちにしても、胸が詰まる。
奥の部屋は、それぞれ母親の部屋と、息子の祐樹の部屋で、祐樹の部屋は想像通りに乱雑で、一昔前のガラステーブルに置かれたゲームとノートPC、正面のTVの埃がよく目立った。
「少しは整理整頓しないと……」
今にも部屋の片づけに精を出しそうなデューイを横目に、
「ゲームって、どれがそうなんだ? 色んなのが置いてあるけど」
舜の言葉通り、部屋にはハードとソフトが散乱していて、デューイではないが「少しは片付けろ」と言いたくなる。
それに、舜はまだ経験したことはないが、普通、自分の部屋に女の子を呼ぶ時は、少しは片付けておくものではないのだろうか。――いや、今回は、真綾の方が勝手に、この部屋まで押し掛けて来たのだったか。
「これかな?」
そう言って舜がTVに接続されたゲーム機に触れると、すぐ横のノートPCが白く光った。
「え? 何だ、これ? オレ、何もしてないぞ」
訝しさを露わに舜が言うと、
「音声認識がどうの、って言ってたから、君の声でスリープが解けたんじゃないかな」
白い光を放って起動したPC画面を覗き、デューイは言った。
すると――。
「だれ?」
PCが言った。
「あなた、祐樹じゃない……」
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