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十七夜 憑き物の巣
十七夜 憑き物の巣 3
しおりを挟むここで、少し時間を戻して――。
「あ、陽が暮れて来たな。そろそろ出そう」
そう言って、折り畳み式の踏み台を広げ、その上から《魔物退治、引き受けます》と書いた紙をたらして、ランタンで押さえたのは、世にも稀なる神秘的な容貌を持つ少年であった。
年の頃を言うなら、まだ十七、八歳。鴉の濡れ羽のような艶やかな黒髪と、漆黒の瞳に彩られている。肌は白いというよりも蒼白く、それでも病的な感じはしないから不思議である。言うなれば、何か近寄りがたい――近づいてはいけない、畏れのようなモノを感じさせる少年でもあった。
その少年に、
「こんな処に、そんな貼り紙を出して、変に思われないかなァ……?」
何処からともなく聞こえる声が、心配そうに言った。
彼の名は、デューイという。
元々は人の良いアメリカ人青年だったのだが、その少年と同じ一族の者に咬まれ、さらに殺されてしまったりして、今は微細な灰の姿である。
そもそも彼らの一族とは――。いや、まあ、今はそんなことはどうでもいいとして、何故、日本のこんな郊外の団地のど真ん中で、この二人が奇妙な《商売》を始めることになったのか、まずそちらから……。
「仕方がないだろ。あのラムネのビンは覇王花に返して来い、って黄帝が言うんだから」
「ぼ、僕は別に胡椒のビンの中でも――っ」
「くしゃみがうるさくて気が散るんだよ」
「……」
そんな訳で、自分の共存者が入るビンは、自分で稼いだ金で買って来い、と黄帝に言われ、仕方なく仕事をすることになった訳で……。
ここで一つ補足をすると、黄帝とは、その少年の父親のことであり、母方の系図を辿ると、その少年の遠い先祖に当たる、という化け物のことである。――いや、もちろん、黄帝のことを化け物呼ばわりするのは、被害に遭っている息子、舜くらいのものなのだが。
「舜、黄帝様のことは、ちゃんとお父さまと呼ばないと――」
今日も常識的な注意を促し、
「それに、もう子供だって迷信を信じてない日本で、こんな貼り紙を出したって……」
灰の姿の共存者、デューイは、無謀な『商売』に眉を落とした。
確かに、舜の父親である黄帝は、舜に、
「君も少しお金を稼ぐことを覚えておいた方がいいかも知れませんねぇ。確かに君は、赤眼や人ならざる力を使って大抵のモノを手に入れることが出来ますが、それは、人々が苦労して作り上げたものを奪っていることに他ならないのです。ですから、私の知人の元からも、こうして安易に《神器》を持ち帰って来てしまう。――自分が欲しいものは、その対価を支払って手に入れる。それがこの世界に生きる人々の暮らし方です」
と、チクリチクリと厭味を織り交ぜながら、今度は何を企んでいるのか、そんな言葉を持ち出したのだ。
もちろん、他人のモノを持ち帰るのがいいことでないことくらい舜にも解っているし、いつもそんなことをしている訳ではない。あれは覇王花が舜やデューイを我がものにしようとして卑怯な手段を用いたからこそ、その腹いせに持ち帰って来ただけのことで(詳しくは十五夜を)。
それに、発端はどうあれ、舜も黄帝の元から離れて、息抜きをしながら自由に過ごせるのなら、仕事、というこの開放された状況に文句を言うこともない。
そんな訳で、黄帝に言われるままに仕事を始めることにしたのだが……。
今まで働いたこともなければ、仕事についてそれほど詳しく知っている訳でもない舜としては――会社勤めも、アルバイトも無理である。――と、デューイにもきっぱりと断言されてしまい……。彼は元々人間であったために、その辺りのことは詳しいのだ。
なので、舜が唯一きちんと出来そうな仕事――魔物退治を始めよう、ということになったのだが……。
この近代化の極みのような日本で、果たしてそんな商売が成り立つのか。
そもそも、日本に来たその理由にしたって――。いや、まあ、取り敢えずはそんなことはどうでもいい。
とにかく舜とデューイは、その辺りの人々に「人が一杯住んでいるところ」を聞いて、この雀川団地で仕事を始めることにしたのである。
しかし、雀川とはよく付けたもので、数百羽が群れをつくって塒(ねぐら)を形成する雀と同じような大規模団地の姿は、滑稽ですらある。
彼らもまた、こうして群れを作り、鴉などの捕獲者から身を守っているのかも知れない。
何より、人が集まる場所には、邪気も集まりやすいというのだから。
「だけど、なんか閑散としてるなぁ」
これだけの大規模団地だというのに、建物の外には人の姿が見当たらない。
「そりゃそうだよ。商業区や繁華街じゃなく、住宅地なんだから、みんな家の中にいるんだよ」
そんなことも知らないなど、この先のことが思いやられてしまう――とは、デューイは飽くまでも思わないのである。この少年のためなら、仕事の依頼が来るまで、たとえ一年や二年待つことなど、何の苦労でもないのだから。
舜には嫌がられるため、口に出しては言わないが、デューイとしては、こうして一緒にいられるだけで満足なのである。だから、繁華街でこんな商売をして厄介な方々に目を付けられてしまうより、こうして人気のない団地の中心でひっそりと客を待っている方が、ずっとずっと安心だったのだ。
多分、依頼などずっと来ないだろうが……。
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