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十六夜 五个愿望(いつつのねがい)の叶う夜
十六夜 五个愿望の叶う夜 7
しおりを挟むそこは、中国の内陸部に位置する、貧しい農村を見下ろす山の裾野だった。
周囲の青々とした針葉樹林の合間に、ぽつんと一本、立ち枯れて裸になった松の木――。
白アリが付かない木はないとはいえ、柔らかい木は、その被害に遭いやすい。
「ほら、この木だよ、舜。さっき中を見て来たから、間違いなく白アリが巣食ってる」
灰の姿のデューイが、その微細な体を利用して、先に見て来たことを舜に告げた。
ちょっとした出来事と事情があって、舜はこのところ、自分の力を大きくすることではなく、コントロールすることに力を入れているのである。
例えば、この木ごと中の白アリを殺してしまうような大きな力ではなく、木には全く傷を付けずに、中の白アリだけを退治してしまうような。
「解ってる。集中するから、声をかけるなよ」
木に触れるほどに近づいて、舜はこれまでにないほど神経を凝らした。
瞬発的に大きな力を使うことは慣れているが、極限まで抑えた気を、アリの道に通して行くことは不慣れ――いや、まるで未知の世界である。
戦うためには、強く大きな力こそ必要であり、こんな風に小さな力を、局所だけに用いるなど、今まで想定もしていなかったのだから。
細い糸のような気をイメージしながら、松の木の根元のささくれ立った巣の入り口から、少しずつ慎重に忍ばせて行く。
だが、そんなに細く、多岐にわたる道に気を通すなど、到底無理。
気を忍ばせて数分で、枯れ果てた松の木の根元をことごとく破壊し、ミシっと嫌な音を立てるハメになってしまった。
すでに朽ちていた木の根元を、舜の気でさらに削ってしまったために、幹が耐えきれなくなって軋んだのだ。
「クソッ!」
悪態と共に、白アリに巣食われた松の木が、ゆっくりと緩慢な動きで傾き始める。
「舜、離れないと!」
悔しさに指を結ぶ舜の耳に、デューイの声が急かすように届く。
朽ちたとはいえ、松の大木。倒れる時の衝撃は凄まじい。
まだ、微細な気のコントロールが難しい舜にとっては、至極当然な結果だった。
その、自分の力の未熟さを見せつけられながら、舜が腰を上げた時――。
「キャアア――っ!」
と、松の木の倒れる方角から、危機を告げる叫びが上がった。
「――え?」
人がいたのだ。
アリの巣に集中するあまり、他のことに神経が向いていなかったとはいえ、そんなことを見逃すなど――。
「舜!」
「ああ」
返事と同時に地面を蹴り、人外と云われる所以の人間離れした力と速さで、今にも松の木の下敷きになろうとしている女性の元へと駆けつける。そして、間一髪で難から救い、木の枝の届かない場所に転がり込む。
これもまた、黄帝に知られたら、厭味の一つや二つでは済まないだろう。
ちなみに、この黄帝とは、舜の父親のことであり、母方から見れば遠い先祖でもあり、舜がもっとも苦手で、嫌っている人物でもある。
姿だけは月の神のような麗しさなのだが、その力と正しさは、恐ろしいほどに一族の中でもずば抜けている。
そんな父親のことを思いながら、
「大丈夫――か?」
一緒に転がった女――恐らく、五十歳前後の婦人に問いかける。
山菜や木の実、茸の類を取りに、山中に入っていたのだろう。少し離れたところに、その籠が転がっている。
「え、ええ……。痛っ!」
苦痛に歪む婦人の足には、鋭い枝先が刺さっていた。かなり痛むに違いない。
「デューイ、傷を洗える沢がないか探して来てくれ」
「解った」
こうして二人は、しばらく婦人の手当てと、黄帝に厭味を言われないようにするにはどうすればいいか、ということに時間を費やしたのである。
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