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十六夜 五个愿望(いつつのねがい)の叶う夜
十六夜 五个愿望の叶う夜 5
しおりを挟む夜の闇に輝く宝石が降るように、ただ静かに落ちていく。
「何だか、あたしみたいなのが雪と一緒に飛ぶのは悪いみたい」
深緑は、自嘲のように唇を歪めた。
「雪は誰も拒まない」
いつの間にか、同じようにタワーの上に昇って来ていた白い悪魔、索冥が言った。
慰めてくれているのだろうか。
悪魔にしては、優しい。――いや、悪魔が恐ろしい姿をして、厳しいことばかりを言う存在なら、誰も彼らに魂を売ったりはしないだろう。
悪魔はいつも優しい顔をして、甘い言葉を囁きながら、弱い人間の元に近づいて来るのだ。
だから、皆、気を許す。こうして、深緑が体を預けているように。
「本当に、こんな願いでいいのか?」
足を空へと踏み出す前に、黒い悪魔が確認するようにもう一度訊いた。
なら、彼らは、深緑がどんな望みを口にするもの、と思っていたのだろうか。
「命までは助けてくれないんでしょ?」
「……」
「いいのよ。別に生きていて楽しい人生じゃなかったし――。このまま死んでも構わないわ」
「たった二十数年で、何でそんなことが言えるんだか……」
「え?」
その後の言葉はよく聞き取れなかった。
たった――そう言うが、深緑には惜しむような人生もない。
黒い悪魔が軽くタワーの縁を踏んで、空に大きく飛び出した。――そうかと思うと、足の下には遥か彼方の地表まで、踏みしめるものが無くなってしまった。
そして――、
「キャアアア――っ!」
急速な落下に声を上げると、バサっと背後で大きな影が音を立てた。
影――月を隠す漆黒に塗り潰された翼である。
蝙蝠のような――いや、悪魔そのもののようなその翼は、雪や月明かりに透けもせず、夜の闇よりさらに暗く、美しい翳を落としていた。
闇に魅せられるように開かれた翼に、落下速度が緩やかになる。
翼は、舜と名乗った漆黒の悪魔の背中に閃いていた。
今、舜のダッフルコートは深緑が着ていて、舜は悪魔には似合わないタートルネックのセーター姿である。細身で、まだ少年らしいその体つきによく似合っている。
さらに、ふわりと何かに支えられるように体が浮かび、深緑は、姿なきデューイという悪魔の存在を思い出した。
「ちょっと、変なとこ触らないでよ!」
「ぼ、僕はそんなこと――っ! 舜、僕は何も――」
何故、深緑にではなく、この少年の方に言い訳するのか気になったが、舜が、
「ほら、腕から下ろすぞ」
と抱きかかえるようにしていた深緑の体を放し、両脇を抱えるようにしたので、また、
「きゃああっ!」
と、声を上げてしまった。
思えば、そんな少女のような声を上げたのは、久しぶりだったかもしれない。
眼下にはきらめく光と車のヘッドライトとテールランプの流れ、海に浮かぶ船の灯り、イルミネーション……そんな美しいモノだけが存在している。
まるで、夢の世界を泳ぐように。
凍りつくような寒さが肌を刺したが、冬の空の痛々しい美しさの方が、ずっと豪華で、気にならなかった。
落下するのではなく、何か不可視のものに護られるように、どこまでも空を引き裂いて行く。
心臓が大きく脈打っていたが、苦しみとは無縁だった。
死すら忘れる刹那だった。
そして……。
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