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十六夜 五个愿望(いつつのねがい)の叶う夜
十六夜 五个愿望の叶う夜 1
しおりを挟む人通りも少なくなった宵――。
その娘は、ボロ布のように薄汚れた格好で、息も絶え絶えに汚物と共に横たわっていた。
雪がチラつき始めている。
豫園商場の賑わいを抜け、上海老街門を通り、河南南路を渡ると、途端にみすぼらしく陰惨とした貧民街に変わる。
獅子街の向こうに並ぶ歪んだ軒の商店が、如何にも乱雑に、頭上の洗濯物を見上げて並んでいる。
その向こうに高層マンションの姿が見えるだけに、うらびれた貧民街のその姿は、より一層、憐れに思えた。
ここは、ほんの五分歩くだけで、人々を異世界に紛れ込ませてしまう東洋の魔都、上海――。
賑やかな繁華街のすぐ裏側には、崩れ落ちそうな貧民街が存在している。
「ホントにこいつなのか?」
そう言ったのは、鴉の濡れ羽のような漆黒の髪と、同色の瞳をした、この世の神秘を一身に集めたような少年だった。
まだ十七、八歳にしか見えないが、そうではない、という何かを秘めている。
「さあ。だが、似ている。年頃も……」
こちらは、奇妙なほどに色のない真っ白な髪と、光の透け方で灰色に見える黒瞳――やはり、共にいる少年と同じように、人外の美しさを備える少年だった。
「早く助けてあげないと――。具合が悪そうだし」
姿の見えない誰かが言った。
いや、常人の目には不可視でも、微細に漂うその灰の体は、元は人間で、人の良いアメリカ人青年のものである。
「俺たちは彼女を助けに来たわけじゃない」
「でも……」
「取り敢えず、何処かに運ぼう。臭くてたまらない」
「……ここは?」
暖かい火の匂いのする部屋で目を醒まし、深緑は見覚えのない辺りの様子に目を凝らした。
ぐるりと顔を動かしたかったが、そんな気力も体力もない。
もしかしたら、あのまま死んでしまって、ここは別の世界なのかも知れないが。
それにしても、極楽浄土ではないだろう。
ここがそんな良い場所なら、こんなに小汚いはずがない。
狭く、埃っぽい暗い部屋は、練炭コンロのわずかな火だけが唯一の暖で、また、唯一の灯りでもあった。
「ただの老朽化したボロ小屋の中だよ」
漆黒の髪の少年が言った。
小さい頃に聞いたことがある。
美しい姿をして現れる者は、正体を隠した悪魔なのだと。
神様はいつも、ボロを纏って、みすぼらしい姿で現れる。――といっても、その少年のダッフルコートとマフラーは、中流家庭の普通の少年のような装いだったが。
「ボロ小屋じゃない。ちゃんと住人のいる家だ。こいつの赤眼で――催眠術のようなもので、取り敢えず、暖と寝台を借りただけだ」
こちらは、現代的なコートに身を包む少年とは対照的に、純白の長袍を纏っている。髪も同じ純白で、黄色い肌と黒瞳が、余計に神秘的に際立って見えた。
こちらも、白いが悪魔なのかもしれない。
そんなことを思わせる麗身だった。
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