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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因

十五夜 穆王八駿の因 33

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 言い訳になるので黄帝には言わないが、今まで、舜の周りには強大な力を使う者が多かったため、舜自身も強くなることだけを考えて、己の力を鍛え上げて来たのだ。
 貴妃や炎帝、蜃、黒帝、伏羲に対抗できるように、と――。
 だから、今回のように、自分の気をあんな細いアリの巣に入り込ませて、樹を傷つけないように、入り組んだ細い道を辿らせる、などといった繊細な芸当は、不可能でしかなかった。
 情けないことに、大きな力は使えても、繊細な気を使うことが出来なかったのである。
「舜っ、記憶が戻ったんだ!」
 舜の返答を聞いて、デューイが歓びの声を上げたが、それも舜には虚しいもので、
「こいつの顔を見て、思い出さないはずがないだろ」
 何しろ、物心ついた時から、酷い目に遭わされて来た張本人――自らの父親なのだから。
「……僕を見ても思い出さなかったのに」
 このデューイの哀しい呟きは、無視をしていただいてもかまわない。
 言葉を続けたのは、舜だった。
 目の前の、月の精霊のような父親に、
「どうやったら、気を極限まで弱めて、ミリ単位で操ることが出来るんだ? アリの道を辿れるくらい正確無比に」
 強い力など必要のない場面で、数ミリの蟲を退治して行くだけの力――。
 その力を扱うための修練――。
「一朝一夕には無理ですよ」
 そんな当たり前の言葉が返って来る。
 そして――。
「鞠慈童の主たる穆王には、崑崙山に穆王八駿と呼ばれる八頭の馬がいたのです」
 と、何を意味するものなのか、黄帝は言った。
 またいつもの厭味なのか、数カ月に及ぶ説教なのか。
 その時代を思い出すように、頬杖をついて、言葉を紡ぐ。
 どうせ、最後には聞かされることになるのだから、このまま黙って聞いておいた方がいいのだろう。
 舜も今回は、強い力しか使えない自分の不甲斐なさに、かなり沈んでいたため、そんな殊勝な気分になっていた。

 穆王八駿――。
 土を踏まないほど速く走れる「絶地ぜっち
 鳥を追い越せる「翻羽ほんう
 一夜で五〇〇〇キロを走る「奔霄ほんしょう
 自分の影を追い越す事が出来る「越影えつえい
 光よりも速く走れる「踰輝ゆき」と「超光ちょうこう
 雲に乗って走れる「謄霧とうむ
 翼ある馬「挟翼きょうよく

「なぜ、穆王が一頭ではなく、八頭もの馬を持っていたのか――」
 頬杖をつきながらの黄帝の言葉に、
「全部、速さが違う馬だからだろ」
 今回はまともに応えてみる。
「それだけではありません。二頭いれば、二頭立ての馬車を引ける。四頭いれば、四頭立ての馬車が引ける。八頭いれば――」
「解ったよ!」
 馬鹿にされているとしか、思えない。
「穆王八駿はどれも駿馬で、それぞれ速さや出来ることが違います。そして、一頭の馬が全ての力を持ち合わせているのなら、残りの七頭は不要です。それぞれの能力は、それぞれにしかないもの。君が持つ力を、デューイさんが持ち得ないように、デューイさんの能力も、また彼だけのものです。君に出来ることではありません」
「それじゃあ、オレには――」
 舜には出来ないというのだろうか。
「君が一人で何でも成し得るのなら、索冥もデューイさんも不要のはずです。――違いますか?」
「……。そうだけど」
 黄帝に共存者がいる理由も、ほとんど顔を合わせないにしても、黄麟がいる理由も、なくなってしまう。


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