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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因
十五夜 穆王八駿の因 26
しおりを挟むやっとのことでビンから出してもらったデューイがどんな目に遭ったのかはともかく、そんなことなど全く知らない舜と索冥は、これといった案も浮かばないまま、仲睦まじくする二人――櫻花と大花の様子を垣間見ていた。
――え? 後でもいいからデューイの様子を書いて欲しい?
考えておこう。
「よかったなァ、櫻花。これからも、うちら、ずっと一緒やで。舜と索冥がここにいてくれたら、白アリなんか怖ぁない」
「でも、大花のお見合いが――」
「うちは、櫻花のほうが大事なんや」
恐らくどちらも大事なのだろうが、今は、自分のせいで病気になってしまった櫻花のことが心配なのだろう。
櫻花を殺さない、と決めたところで、このまま何もしないのであれば、見殺しにするのと変わらない。
この世界の住人たちが、櫻花の白アリに怯えずに済むよう、そして、櫻花が安心して暮らせるよう、舜がずっとここにいてやることなど出来ないのだから。
「おまえ、ずっとこの世界に棲んでやるつもりか?」
舜の心を見透かすように、索冥が訊いた。
いつ溢れ出すか判らない白アリを退治できるのは、ここでは舜以外にいない。
そして、大花と櫻花も、舜が残ってくれると信じている。
いつか、最後の一匹となった白アリを退治するまで――。
しかし、そんな日は来るのだろうか。
白アリ駆除の薬品を使えば、櫻花もその周囲の植物も枯れ果てる。
そして、舜にも、櫻花の体を傷つけずに、中に巣食う白アリだけを殺してしまうことは出来ない。
もちろん、黄帝ほどに力を付け、己の力の全てを、微細な砂レベルまで自由に操れるようになったなら、話は別だろうが。
「クソっ、黄帝の奴」
索冥が吐いたその台詞に、舜はハッと顔を上げた。
「……黄帝?」
誰だっただろうか。
思い出そうとすると、とても嫌な気分になるが、何故だか思い出さなくてはならないような気がしていた。
「おっと、思い出すなよ。思い出したら、おまえは絶対、あいつに頼み事なんかしないだろうからな」
「へ?」
「あいつのことを覚えていない今の内に、あいつに頼んでしまえ。そうすれば問題は解決する。いとも簡単に、あっさりと、な」
記憶を失っていてくれて幸い、とばかりに言う索冥の言葉に、舜はなんだか自分がとてもしてはいけないことをさせられようとしているように、感じた。
「誰なんだ、そいつ?」
「……。悪魔だ」
「へ?」
「魂と引き換えに、どんな願いも叶えてくれる」
胡散臭い話である。
「試しに頼んでみろ。『櫻花の中の白アリを退治して、櫻花を助けてください』ってな。――そうすりゃ、全てがまるく収まる」
索冥の言葉は、あっけらかんと軽かったが、それが嘘であるとは思えなかった。
恐らくそれは本当のことで、黄帝という恐ろしい悪魔に、舜がそう言って頼み込めば、願いを叶えてくれるのだろう。ただし、魂と引き換えに。
魂――。
魂って何だろうか。
良心のようなものだろうか。
「ま、いいか。記憶がないんだし、何を取られたって」
「あいつも同じことを考えてるかも知れないな」
「あいつ?」
「――まあ、その内、思い出してやれ」
本来ならその『あいつ』、デューイがここへ来るはずだったのだから。今頃さぞオタオタして、すでに黄帝のところに助けを求めに駆けているかも知れない。
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