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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因

十五夜 穆王八駿の因 18

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「これはなぁ、の國の神器で、美しさとカラクリを兼ね備えたものなんや」
 覇王花が袖口から取り出したその器は、薄い水の色に透き通り、カラクリと呼んでいいのかどうか、中にはぎょくが仕込まれていた。
 確かに、美しいことは美しいのだが……器というより、まるで、
「……コークのビンみたい」
 デューイは、心の中で思ったことを、つい、そのまま口にしてしまった。
 飲み口のように狭まった筒状の上部を始め、器を形作る縦長の造形、手に持つ部分のくびれ、透き通った硝子のような素材に、ほんのりとした水色の透明感。違うところと言えば、中にぎょくが入っているくらいで……。その玉も、由緒ある神代のもの、というよりも、まるでビー玉か何かのようで――。
「こおく? 何や、それは? 黄帝殿がお持ちの神器かなんかか?」
 幸い、覇王花にコークの意味は判らなかったようで、
「い、いえっ!」
 デューイは慌てて首を振った。
 こんな人外の女帝と呼ばれる御方が、アメリカではポピュラーなコークのビンなど、持っておられるはずがいない。
 人間、思い込みを持ってモノを見ると、都合のいい部分しか見えなくなってしまうものである。
 デューイもまた、例外ではなかった。
 つまり、今のデューイにとって、それは安っぽい炭酸飲料水のビンなどではなく、とてつもない神秘を秘めた、神代の器に見えたのである。
「そらそうやろ。いくら黄帝殿ゆうても、この神器に似たもんを持ったはるはずがないさかいなぁ」
「……」
 確かに黄帝が持っているところは見たことがないが、デューイ自身はそれに近い形状のものなら目にしている。もちろん、神器とは何の縁もゆかりもないものだが。
「――あの……で、その神器が何か?」
 ここは、とっとと話を進めてしまおう。何しろ、一刻も早く、舜と索冥を何とかしたい。
「そう、それやてな。あんさんやったら、この神器の底に彫られた細かい文字が読めるやろ?」
 覇王花が神器を傾け、灰の姿のデューイの前に、その飲み口を晒して見せた。
「文字?」
 目を凝らしてみたが、そんなものは何処にも見えない。
「えーと……どこに、ですか?」
「そんなとこからで見えるかいな。何のための体やな。近くで見やな見えへんに決まってるやろ」
 そう言われれば、外から覗いて見えるくらいなら、覇王花にも文字は読めているはずである。
 だが、そんな畏れ多い《倭の國の神器》の中に、デューイのような下賤の者が入ってもいいのだろうか。
 刹那、そんな思いも過ったが、持ち主が入るように言っているのだから、特に問題はないのかも知れない。何より、デューイだって、貴妃に血を吸われてからは、黄帝の眷属なのだから、そんな特別なことを頼まれるのも……。
「失礼しまーす」
 いつも思うが、もう少しマシな言葉にして欲しい。――いや、この青年に、そんなことを期待しても無理だろう。
 デューイはサラサラと中に入り、水の色に透き通る神器の中を見回した。
 まるでそこは、樹木が透き通って見える、神秘的なアクアリウムのようで、まさに神器と呼べる美しさだった。
 中に転がされているぎょくを越え、さらに奥――くびれの向こうへと入り込む。
 何か、蓋みたいな文字と、傘みたいな文字と、カタカナの『ト』みたいな記号と、四桁の数字が刻まれている。まるで、年号のような……。
「へ……?」
 ――アラビア数字が刻まれているということは、この神器は、未来を予言した尊いモノ?
「違うだろっ!」
 一人で考えて、一人でツッコミ、デューイは眉を寄せるように、考えた。
 これはどう見ても、神器の類とは思えない。刻まれている四桁の数字が西暦だとすれば、およそ一〇〇年前に製造されたもので……。しかも、わざわざ中に入って見なくても、ビンの底から見れば難なく読み取れるものである。
 だが、覇王花がこれを神器だと信じているのなら、そんなことを言って、傷つけてしまうことも出来ない。
 そんなこんなで、デューイが《倭の國の神器》の中で、ああでもない、こうでもない、と考えていると、不意に、神器が立て向けにされ、カラン、とぎょくの転がる音がした。
「え?」
 神器の底から上を見ると、ビー玉のように透き通ったぎょくが、デューイの頭上を塞いでいる。ちょうどくびれになった部分で止まっているのだ。
 ――そうだ。
 やっと思い出したが、TVでこんな仕組みの炭酸飲料水を見たことがある。名前の由来はレモネードから来ているらしいが、USAでは日本から来たままの『ラムネ』の名前が浸透し、今は世界中でその名前で呼ばれている。
 もちろん、容器はこんなガラスのビンではなく、ただのプラスチックの容器だったが、ビー玉が入れてあることと、そのビー玉の落とし方が日本人のようには解らずに、番組内で面白おかしく取り上げられていた。
 とにかく、ビー玉が出口を塞いでいる、というのは、あまり気持ちのいいものではない。たとえ、すぐに押しのけられるものであっても。
 デューイは、頭上を塞ぐビー玉を持ち上げ――、
「あれ? 上がらない」
 そのビー玉は、デューイが下から押し上げても、うんともすんとも言わなかった。それだけでなく、ビンの内部も途端に頑強になったような気がする。
 まさか、本当に何かの力を持つ神器なのだろうか。
 ――いやいや、そんなはずは……。
 透き通った水の色の向こう側には、覇王花のにんまりとした大きな顔が近づいていた。


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