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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因
十五夜 穆王八駿の因 17
しおりを挟む格子天井の立派な屋敷を後にして、取り敢えず歩き出したのはいいが、絳雪は常に舜と索冥から距離を取り、あからさまに近づくことを避けていた。
「もうお終いだわ……。私も櫻花みたいに朽ちて死ぬんだわ」
歩く気力もないように、さめざめと泣いて、絳雪はその場に座り込んだ。
なぜそんな大袈裟なことになっているのか解らない舜としては、索冥の方へ目配せをして――そっぽを向かれた。――いや、
「おまえのせいだ」
と、一言。
もちろん舜には、何故それが自分のせいなのかも解らない。
娘たちに乞われるままに屋敷へ行って、何だかわけのわからない内に順番を決められ、変な男に抱きつかれ、黄色い粉を付けられて帰って来たと思ったら、これなのだ。
「あの櫻――、おまえがあそこで一緒にいた娘、おまえに何か言わなかったか?」
そっぽを向いたまま、索冥が言った。
多分、櫻花のことだろう。
「別に。病気が移るから一人でいるって言ってたけど、オレには病気なんか移らないだろうし――。少し話をしてただけだ」
「……やっぱりか」
苦々しい索冥の言葉の意味も、舜にはさっぱり判らなかった。
それ以前に、こうして厭味っぽく言われ続けることに、何だかとてつもない腹立ちが込み上げて来る。
抜け落ちた記憶のせいだろうか。
「おまえだけで解ってないで説明しろよ」
その言葉にも、
「言っただろ。おまえが聞いた通り、あの娘は病気だ。しかも、移る。そして、もう助けることはできない」
「そんなこと、やってみなければ――」
「この娘はまだ助かるし、今、あの病持ちの娘に関われば、他の娘たちを今以上に怯えさせることになる。――屋敷にいたあの娘たちの反応をみただろう? 彼女たちは皆、あの病持ちの娘を恐れているんだ」
「……」
――恐れて……。
自分も同じように病気を移されることを、恐れている。絳雪が自分の運命を悲嘆し、泣き崩れてしまうほどの死の病を。
「……。絳雪を助ける方法を教えてくれ。彼女を助けたら、櫻花を助けに行く」
「まだ解らないのか、おまえは――」
「解らない! 一人ぼっちでいる病気の人間を、見捨ててしまえるおまえらの言うことなんか解らない――!」
「――」
この冷たい舜の手を、暖かい、と言ってくれた少女のことを、見捨てて忘れてしまうことなど……。
「……。だから、こいつと会うのは厭だったんだ」
まだ若過ぎて、命より大切なものなどない、と思っているような未熟な少年に。
そう呟く索冥の面は腹立たしげで、それでも少し、誇らしげだった。
記憶に裏付けされていない舜の心は真っ直ぐで、こんなにも純粋な思いに満ちていて、まるで、限りある命しか持たない人間のようで。
「――どうせ、言い出したら聞かないんだからな。――虞氏みたいに……」
索冥の最後の呟きは、舜にはよく聞き取れなかった。
もちろん、今の舜は索冥のことはもちろん、虞氏のことも知ってはいないのだが。
遥か昔、索冥と共に在ったという帝王――舜帝。
虞氏と呼ばれるその人物のことなど……。
「また、あの時みたいに泣くなよ」
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