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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因
十五夜 穆王八駿の因 13
しおりを挟む円形や四角形、八角形等の木枠が何層にも重ねられた天井には、あの時、見たような、蓮や牡丹、つつじ、桜、藤、菖蒲……幾つもの美しい彫刻が施されていた。
その飾り格天井だけでなく、透き通るような青さの磁器や、一度腰を下ろしたら立ち上がれないような、柔らかで色とりどりの長椅子――それもあの時のままである。
その豪華な屋敷の中から、少女たちの甘い匂いが漏れていた。
「そうそう、ここだ」
扉を開くと、華やかで美しい少女たちが、一斉に二人の方を振り返った。そして、
「遅いわ!」
あの時、絳雪と名乗った少女の一人が、舜を見るなり、唇をツンと尖らせた。
だが、すぐに他の面々も含めて、舜以外のもう一人の存在、索冥の存在に気付いて、こう言った。
「次は私の番だわ」
「あら、私じゃなくって?」
と、索冥争奪戦が始まったのである。
「さあ、ここに座って」
「こっちの方が座り心地がいいわ」
と、索冥を自分の隣に誘おうとするが、索冥はそれをするりと躱し、
「ここに、大花っていう――」
と、問いかけようとした時、
「きゃあっ、嬉しい! ちゃんとあの方に会って受け取ってきてくださったのね」
歓喜の声と共に、絳雪が舜に抱きついた。
皆さん、この娘のことを覚えておいでだろうか。
最初に舜がここへと連れて来られた時、舜の取り合いを巡る順番で、優先権を得た少女である。そして、その少女の甘い匂いを嗅いだ途端、舜は何だか茫として、気が付いたら別の場所で、あの慣れ慣れしく抱きついて来る青年を前にしていたのだ。
「え? 受け取ったって……?」
何の事だか解らず、舜は訊いた。
そんな舜に構わず、絳雪は、
「多謝!」
と、さらに体をすり寄せる。
もちろん、舜としては悪い気はしないが、索冥は不機嫌な顔をして、
「おまえは一生、そうやって蜜蜂の代わりにここで働くつもりか」
と、舜の襟首を掴んで、すり寄る絳雪から引きはがす。
「は? 蜜蜂? 何言ってるんだ、おまえ?」
「いいから来い」
「ヤキモチか」
気が合うのか合わないのか、二人がそうやってヒソヒソと――いや、ヒソヒソでもなく話しをしていると、
「キャアアア――っ!」
と、恐ろしい化け物が現れたかのような悲鳴が上がった。
舜が最初に思ったことは「しまった! 自分にはあの毒だか何だか解らない黄色い粉が付いたままだったんだ」ということだったが、どうやら悲鳴の原因は、その黄色い粉のせいではないらしく……。
見れば、白い体に赤黒い口を持つ小さな蟲が、絳雪の肩の辺りに蠢いていた。
恐らく、外から来た舜の体に付いていた蟲が、絳雪にすり寄られた時に、たまたまくっついてしまったのだろう。女の子というものは、何でも大袈裟に騒ぐものなのだ。
だが――。
「じっとしていろ。大丈夫だ。まだ巣喰われたわけじゃない」
珍しく、索冥が赤の他人の少女を宥め、真摯な口調でそう言った。
それでも絳雪は恐怖を顔に焼き付けて、今にも狂ってしまいそうなほどに怯えている。
「ちょっと大袈裟すぎるんじゃないのか? たかが蟲一匹に――」
蟲など全く怖くもない舜の方は、少女の気持ちも解らない。そんな舜に、
「早く殺せ」
索冥は言った。
「は?」
「その蟲を取って、殺してやれ」
二度目の言葉にやっと意味を解したものの、
「何だ。おまえも蟲が怖いのか。――こんなもんくらい」
と、絳雪の肩を這う蟲を摘んで、指先で潰す。
本当に、米粒ほどの、小さくて毒も針も持たない蟲なのだ。白い体はどこか不気味な気もしたが、何の抵抗をするでもなく、指の圧迫で死んで逝った。
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