華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

文字の大きさ
上 下
371 / 533
十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因

十五夜 穆王八駿の因 12

しおりを挟む


 まさか、舜が記憶を失っているなど――。
 ただでさえ、人の言うことを素直に聞かない舜が、索冥やその他諸々に関しての記憶を失っているのだとしたら、その説得も容易ではない。
 第一、覇王花は、なぜ舜に種子を寄生させるだけでなく、その記憶まで消し去ってしまったのだろうか。――いや、もちろん、故意に消した、と決まった訳ではないが。
 舜が記憶を持っていては、何か都合が悪いことでもあったのだろうか。
「――で、俺はおまえの父親の黄帝に頼まれて、伝言を持ってここまで来たんだ」
 これまでの経緯を索冥が話し終えると、舜はさらに厭な顔をして、
「なんか、この辺りがモヤモヤ、ムカムカする」
 と、胸と胃の辺りに手を這わせた。
 記憶を失っていても、嫌いなものは覚えているらしい。
 ――何が嫌いなのか?
 そりゃ、言わずと知れた自らの父、黄帝である。
「取り敢えず、病気を治す薬が欲しいのなら、ここを出なけりゃならない。そのためには、覇王花の頼みをさっさと聞いてやるのが一番だ」
 噛んで含めるような索冥の言葉にも、
「んー……、なんか足りないような……」
 もしかして、あの間の悪い青年のことを言っているのだろうか。
「足りないのは、おまえの記憶だ。――さっさと大花を探すぞ。薬はその後だ」
 大花とはもちろん、黄帝の知人の娘――つまり、覇王花の娘であり、この娘の縁談をまとめることこそ、今回の旅の目的であった――はずなのだ。
「でも――」
 病気の少女を一人にしておくのは――と、目線が告げる。
「……。悪いことは言わない。今は関わるな」
 ほんの微かな声で、索冥は言った。
「おまえ、何を知ってるんだ?」
「色んな事だ」
 何しろ、自分でも忘れてしまうくらいの時を生きている麒麟である。
 目醒めたのが、まだ最近であろうと、この記憶喪失の舜よりは世の理を知っている。
 二人がコソコソと話をしていると、
「あの……すみません、泣いてしまって――。私はもう大丈夫ですから、行ってください」
 櫻花が言った。
 今は少し顔色も良く、頬には朱さえ差している。
 舜は少し迷っていたが、それでも、ここで出来ることは何もない、と悟ったのか、索冥の方を振り返ると、仕方なさそうに歩き出した。そして、
「――で、どこに行くんだ?」
「言っただろ。大花を探しに、だ」
 それが、年頃になった娘の名で、覇王花に頼まれた黄帝が、縁結びの手助けをする、と約束をしたことまで簡単に話し、
「さて、どこから探すかな」
 索冥は、それを聞いてもまだ思い出せずにいる舜に、構わず言った。
 ――娘。
 年頃の娘たちの集っていた屋敷なら、一度そこに連れて行かれた舜は知っている。
「あの中にいたのかなァ……」
「あの中?」
 とにかく、今は他に当てもないので、索冥は舜の案内のままに、その豪華な屋敷へと足を向けた。
 舜自身はその場所を覚えていない、と言っていたが、彼の嗅覚は通常の人間とはかけ離れている。桃源郷に漂うような甘い香りを、舜が忘れているはずもなかった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

竹比古
恋愛
 今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。  男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。  わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。  司は一体、何者なのか。  司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。  失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。  柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。  謎ばかりが増え続ける。  そして、全てが明らかになった時……。  ※以前に他サイトで掲載していたものです。  ※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。  ※表紙画:フリーイラストの加工です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...