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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因
十五夜 穆王八駿の因 6
しおりを挟むそもそも、二人がこんな処までやって来た『ことの始まり』というのが、黄帝が言い出したこの一言にあったのである。
「うーん、いいお天気ですねェ」
いや、これは関係ない。そして、外は夜。月さえ霞ませる薄い靄がかかっている。
ここは、中国の山奥である。本当に、その一言で片付けてしまえるほど、山と谷しかない場所である。数十もの奇峰が雲海に浮かび、神秘的な山水画そのもののような景色だけで形作られた場所なのだ。
その起伏の激しい岩山を登り、さらに険しい絶壁を登った所に、彼らの住居はある。
場所柄、さすがに電化製品は置いてないが、壁も床も大理石だったりする。
そんなところに住んでいるせいかどうかは判らないが、ここの住人たちは人外の美しさを備えていて……加えて、少々変わっている。
「私の知人の縁者が、そろそろ年頃なのですが――」
足首まで届きそうな長い銀髪でさえ、一糸も絡ませず、黒曜石のような漆黒の瞳で、黄帝は言った。
玲瓏な面貌に似合わない惚けた口調は、今日もこの通り健在である。
こんな山奥に長年暮らしているのだ。少々、常人とかけ離れたところがあったとしても――。
「あ、オレ、パス。今そんな気分じゃないから」
まだ黄帝の言葉の途中であるというのに、その先を察したかのように、舜は言った。
話の流れからして、年頃、というキーワードが出てくれば、まず一〇〇パーセント、見合いの話であることは間違いない、と思ってのことである。
だが――。
「人の話はきちんと最後まで聞くものですよ、舜くん」
「……」
――化け物の話もか?
と、心の中で呟きはしたが、口には出さない。
この、青年の姿の父親に勝てるほど(口でも力でも正しさでも)、舜は年を食ってはいないのだから。
「――で、話の続きですが」
聞くところによると、ある日、黄帝の古い知り人が訪ねて来て、娘が年頃なのだが、なかなか良い縁が付かず、黄帝に力を貸してほしい、と言ったらしい。
ちなみに、その知人がいつ黄帝の元に来たのか、舜は知らない。同じ家に棲んでいようと、舜はこの家の全てを知っている訳ではないのだから。
「それで、私が行くことが出来ればいいのですが、何分、もう年ですからねェ……」
ふう、と溜息。
「……」
いつも元気に夜這をかけに行ってるじゃないか、と舜が思ったことも、ここでは触れない。
「……わかったよ。オレが行けばいいんだろ」
逆らっても無駄なため――尚且つ、こんな変人の父親と同じ屋根の下で過ごし続けるくらいなら、どこかへ出掛けた方がマシである。
「おや、随分、大人になりましたねェ」
「……」
厭味にしか聞こえない。
ここまで読んでいただいている皆さまになら、この舜の心の声が、単なる被害妄想でないことも、解っていただけるだろう。
かくして舜とデューイの二人は、年頃の娘の縁談をまとめるために、中国とラオスの国境近くの山へと、遠路はるばる出掛けることになった、というわけである。
いや、まだ詳しい内容は言っていなかった。
何でも、その娘は自分で思いを告げられるような性格ではなく、相手の男も、中々歩み寄ってはくれないらしい。
そこで舜とデューイに、二人の仲を取り持って欲しい、ということだったのだが……。
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