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十四夜 竜生九子(りゅうせいきゅうし)の孖(シ)

十四夜 竜生九子の孖 16

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「さっさと背中に乗せろ、索冥……」
 口だけはまだ、偉そうである。
 だが、索冥としては、素直に聞ける言葉ではない。
「ごめんだ。そんな訳のわからない女の体」
 と、麒麟の姿に戻ることもしない。――そう。彼は仁の霊獣、白麒麟である。その背に乗せるのは、帝王だけだ。
「やっぱり、僕がおぶろうか?」
 は、デューイ。
 か細い女性の一人や二人、今のデューイに背負うことなど簡単であるし、大した負担にもなりはしない。何しろ、この体は舜のものであるし、その女性の体に下心がある訳でもない。さっきも舜にそう言ったのだが……。
「おまえは手を空けとけ」
 舜は同じ言葉を繰り返した。
 そうして三人で揉めていると、
「ああ、良かった、まだおられたのですね」
 と、地下に捲簾大将と共に残っていたはずの牡丹の花の精霊、耀輝が、灰で作られた小さなビスクドールのように、芸術的な姿で、現れた。
「ふーん。これで全員の体が揃ったのか」
 三人を見渡して、索冥が言った。
「この方は……?」
 耀輝の戸惑いである。ビスクドールが首を傾げる。声が聞こえるのだから、それぞれの耳の中にも微量の灰を忍ばせているのだろう。もともとが器用なのか、デューイがどんくさいだけだったのか。ここでは、これ以上の追及はやめよう。
「黄帝のスパイだよ」
 嘘偽りのない言葉で、舜は応えた。
 もちろん、索冥の素性を表わすための返答である。
「おまえが呼んだくせに」
 こちらも否定はしないらしい。まあ、何を言っても無駄なことは、これまでのことで知っているからだろう。
 耀輝がその言葉に納得したかどうかはともかく――。
「――あの、僕たちに何かご用だったのですか?」
 珍しく、話を前に進めたのは、デューイであった。耀輝にそう言って疑問を向け、
「あの人は一緒では……?」
 と、捲簾大将のことを、続けて訊く。
 見渡す限り、あの大柄な美丈夫の姿は何処にもない。灰の姿の耀輝のことも、ビスクドールのような形状を取っていなければ、気配や匂いだけでは何処にいるのかも判らなかったかも知れない。
「ええ、捲簾大将様は、『緊箍児』のたがから解かれた私の体に、また元の私の魂を入れるために、魂替えの場を作っておられます」
 灰のビスクドール、耀輝は言った。
 取り敢えず、ホッとする言葉である。『緊箍児』さえ外すことが出来れば、捲簾大将はまた、それぞれの体に、それぞれの魂を入れ直してくれる、と言うのだから。
「それまで持たないかもしれないぜ、この体」
 と、舜が皮肉げに、索冥を見上げた。
 今も暑い砂漠の上に座り込んだままで、立ち上がって歩くことも出来ないのだ。
「何を言われても、俺は守護帝以外は乗せない」
「オレがそうじゃないのか?」
「冗談! 虞氏がおまえに禅譲したらしいから、様子を見ているところだ。自惚れるな」
「小さい時は乗せたくせに」
「……」
 そう。あの時は、乗せてはいけない、とは思わなかったのだ、索冥も。
 本来、守護帝以外を乗せることには禁忌を感じ、その心身の反応のままに乗せることを拒むのだが、幼い日の舜は、まだ虞氏に帝位禅譲されたことも知らなかったというのに、自分の背に乗せ、蓬莱山へ連れて行った。
 だが、この舜は違う。
 中身は舜でも、器は別人――そのために嫌悪が走るのかも知れない。
 もちろん、今にも命の火を消してしまいそうな、清らかな牡丹の花の精霊を助けてあげたい、という思いは、仁の霊獣として持ち合わせているのだが。
 この舜を乗せるのなら、まだ舜の姿をした、デューイの魂を乗せる方がマシだった。
 そういえば、西の国には、穢れなき処女にしか手を触れさせない一角獣がいる、という。
 もちろん、索冥に『処女以外は乗せない』という意識はないのだが……何故か、その女は嫌だったのだ。


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