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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 24
しおりを挟む《朱珠の実》――。
それは、黄帝がいつも『彼ら』と呼んでいる、水のような存在が作り出す、珠のような糧のことである。グラスに満たされたその『彼ら』の中に指を浸すと、彼らは黄帝の血を自らに取り込み、必要な成分を吸収する。そして、『彼ら』の中で、黄帝に必要な成分に作り替えられたそれは、《朱珠の実》となって、グラスの中に浮かび上がる。
それは、一粒口にしただけで、一週間は何も食べずに過ごせる、という優れモノで、一族の誰もが欲しがっている至宝の実なのだ。――無論、手に入れる方法さえ、未だ誰にも明かされてはいない。
何しろ『彼ら』は自分が認めた者としか、共存して行くことはないのだから。
「……デューイ?」
灰の中から、潤いに満ちたブドウの粒のような小さな珠が、何だかまだ頼りなさそうな感じで、顔を出す。大きさも、黄帝が作る《朱珠の実》よりも、ずっと小さい。
『……』
苺ジャムのビンの中で、灰が何かを言ったように、感じた。もちろん、それは聞き取れるものではなかったが、
「大丈夫ですよ。すぐに上手く作れるようになります」
黄帝が応える。
どうやら、黄帝と共存する《彼ら》のように、大きな粒が作れなかったことが申し訳ないらしい。
本当に、どんな姿になっても、あの青年らしいというか……。
「……馬鹿じゃないのか。こんなちっこい《朱珠の実》で、オレの体力が回復するかよ……。オレの血を吸わせてやってるんだから、もっとちゃんと作れよ……」
舜の相変わらずの憎まれ口も、少し震えて、小さかった。
舜とて、黄帝の持つ《朱珠の実》を作る『水』のことは知っていたし、それが黄帝の共存相手であり、同族であることも知っていた。そして、その『水』の姿をした者が『霧』に姿を変えたり出来ることも、強大な力を持っていることも――。何より、その存在を手に入れることが、どれほど難しく、未だに黄帝以外、誰も成し遂げた者がいないことも……。
それを、デューイは成し遂げたのだ。舜を思う気持ちと、その気持ちが舜に伝わることを信じて――。一点の迷いも、曇りもない心で。
こちらは『水』ではなく『灰』の姿だが、舜と共存できる《朱珠の実》を作り出せることは同じである。共存者が『水』の姿に限られていないのなら、ひょっとしたら、また人の姿に戻れる方法もあるのかも知れない。――いや、そんな方法があるのなら、黄帝がデューイに告げているだろう。
「デューイさんがしたことは、自己犠牲ではなく、一切の疑いを持たずに君を信じることでした、舜くん。君のようなまだ若過ぎる子供を――。そして、彼はそれをやり遂げた」
あとは、舜がそのデューイの信頼に応えることが出来るか――それだけであったのだ。
もちろん、舜はそんなことなど知らなかったし、灰になったデューイに血を与えることなど、考えつきもしなかった。
ああいう結果になったのは、炎帝が取った行動所以で――。
「――だから、街のあちこちに予言めいた噂をばらまいて、わざわざ、あいつを呼んだのか?」
舜と同じ考えに思い至ったのか、索冥が訊いた。
もちろん、炎帝がいなければ、もっとゆっくり考える時間もあり、その中で舜の血を与えることを思いついたかもしれないが。炎帝がいなければ、デューイの行動は索冥に止められて、為し得ることが出来なかったかも知れない。何より、舜のモザイクに張られた黄帝の結界すら解くことが出来なかったのだから。
黄帝は、クスリ、と笑っただけで、それには何も応えなかった。
《 時は至れり、この世の至宝に値するものが生み出される。異教の地、三度生き、二つの信心を宿す、古の聖堂で 》 ――黄帝
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