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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 22
しおりを挟む「ほう。炎帝を追い払ったか」
体を蛇行させて柱から柱へと渡り這い、伏羲が言った。
「まあ、二人掛かりですからねェ。正々堂々、とは言いかねるものだったかも知れません」
のんびりとした黄帝の言葉が、そこに被さる。今度は姿もそこにある。
「親子で仲良く撃退とは――。父上は自分に似た者は甘やかされるらしい」
皮肉を交える言葉だった。
伏羲は、黄帝が舜に手を貸したから、炎帝を追い払うことが出来たのだ、と言っているのだ。しかも、母親似の自分には見向きもしないクセに、黄帝に似た力を持つ舜は贔屓する、と。
それを舜が聞いていたら、過酷な試練は課されても、贔屓されたことなど一度もない、とすぐさま反論しただろう。
だが、黄帝は別に気にする素振りもなく、
「久しぶりですねェ、伏羲」
噛みあっているのかいないのか、全ての力を使い果たしたかのように全身で息をつく舜よりも先に、そちらの息子の方に愛想よく返事をしたりしている。
「なんで……」
舜が言った。
悔しさと、憤りの籠った声だった。
「なんで、生き返らせてやらなかったんだよ……? なんで、あんなことさせたんだよ! なんで、あいつを見捨てたんだよ――!」
黒瞳は怒りに凍りつき、言葉は黄帝を責め立てた。
デューイの死が――弔う灰すら残されなかった無情の最後が、舜の肩を震えさせているのかも知れない。
うつむき、噛みしめる唇の端を、涙の雫が零れ落ちる。
「言いませんでしたか? それがデューイさんの意思でした」
慰めるでもなく、言い訳するでもなく、黄帝が応える。
「あんたがそう言ったからだろっ!」
こちらは、何も考えられない様子で、
「あいつに何て言ったんだよ? 何であいつの血を最後の一滴まで使い果たさなきゃならなかったんだ?」
あの時――。
迸るデューイの血液が、舜の乾いた体に浸み込んで行く間中、舜はずっと叫び続けていたのだ。
「もういい、デューイ!」
「やめろ! 死ぬつもりか!」
「解ってるのか? 人間だったあんたと、オレとじゃ違う! 血を失った後、木乃伊にならずに灰になって消えるかも知れない。すぐにやめるんだ! 血を止めろ!」
出すことのできない声を振り絞って、叫び続けた。
それでも、デューイは、やめなかった。
――何故……?
何故、彼はそんな意味のない、死に急ぐような真似をしたのだろうか。
「何故、と言われても……。デューイさんの意思だったのですよ、何度も言うように――。彼は、君の足手まといになるのは胸が痛くて、心苦しいと――。どうしたら君の力になれるのか、と私に何度も熱心に訊くのです」
「だから、オレを生き返らせるための糧になれ、と言ったのか? 死ぬことが解っていて……?」
そんな血も涙もないことを――。
「死ななければ、彼の望みは叶いません。――君も、弱くて足手まといになるデューイさんを迷惑がっていたではありませんか」
「――」
「原因を作った君の行動は許されて、彼に助言した私の言葉だけを責めるのですか?」
「……」
本当にいつもいつも、舜が一言も言い返せなくなる言葉を持ち出すのだ、この青年は。
もちろんそれはすべて舜が撒いた種で、黄帝に聞かされるでもなく、言い返しようのない事実なのだが。
「やれやれ。――最初からそうして口を閉ざし、目と耳を開いておくべきだったのです、君は――。恐らく、炎帝は気付いていたでしょう」
「え……?」
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