華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)

十三夜 聖なる叡智 3

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 だが、刹那、黄帝の胸を飾る、蹲るみずちの首飾りが、ピシ、っと小さな音を立てた。
 ほんの微かな音である。黄帝でもなくては、聞き取れないような。
 音のした辺りの珠に指を沿わせると、わずかにひびが入っていることが窺い知れた。ちょうど、黄帝の心臓辺りを飾る珠に――。
「……おやおや、これは」
 黄帝は、相変わらずののんびりとした口調で、珠を見つめ、
「舜くんの置き土産ですか」
 黄帝に隙が出来るとすれば、それは攻撃を仕掛ける一瞬のみ――。黄帝の気を正面から受けることを厭わず、その刹那だけを狙って、舜は氷気を放ったのだ。ただ一点、黄帝の心臓だけに狙いを定めて――。自らの命を捨てる覚悟で……。
 もちろん、黄帝と正面からぶつかって――いや、不意打ちでも同じだが、舜が黄帝に勝てる確率など微塵もない。だからこそ、せめて、一撃だけでも放ってから、殺られる方を選んだのだろう。
「そうですか。少しかすりましたか」
 どうやら黄帝も、舜が氷気を放ったことには、気付いていたらしい。自ら攻撃をし、舜の攻撃を躱し、さらにその後ろに回り込む、という離れ業を軽々と成し遂げていたように。
 クス、っと笑い、そう呟くと、黄帝は舜の木乃伊ミイラへと視線を向けた。
 その視線に巻き上げられるように、霧のように細かい黄土が舞い上がる。それは、瞬く間に舜の体を包み込み、まるで砂塵で出来た人型のように、強固に、滑らかに、固まった。恐らく、ダイヤモンドよりも頑強で、どんな封印よりも完璧に。
「さて、どこに埋葬しましょうか。――誰も気付かないような処がいいでしょうねェ……」




 十年の歳月を、サンフランシスコのロシアン・ヒルで過ごした。
 家族と共に暮らせる短いひと時なのだから――。そう心に言い聞かせ、焦躁と寂しさを紛らわせながら、それでも、以前のように何でもない普通の生活を楽しんでいた。
 両親が「結婚しろ」「まだ結婚しないのか」と煩く言うもので、
「なら、グラン・マみたいな神秘的なチャイニーズを探しに行くよ」
 と、冗談めかして、再び上海行きの航空券を手にした。
 容姿は――あれからほとんど変わっていない。夜の一族の中でも、その成長過程や年の取りようは様々らしいが、どうやら、黄帝の娘である貴妃に咬まれたデューイは、彼らと同じように、ある一定の年齢で、老化が止まってしまうらしい体質になっているようだった。――いや、細胞の活性化が衰えない、と言った方が正しいだろうか。
 三十代の半ばになったが、どう見ても二十代半ば過ぎの青年の姿から変わっていない。
 軽くウェーブのかかった栗色の髪は、少しでも落ちついて見えるように短く切り、出来るだけ若い頃とは印象が変わるように努めてきたのだが、それも、もうそろそろ……。
「いつまでも若いわねぇ」
 とか、
「年を取らないわねェ」
 と言われると、ドキっとする。
 出戻ってきて、実家で悠々自適の生活を送っている姉たちにも、
「中国で何か秘薬でも見つけて来たんじゃないでしょうね?」
「私にもちょうだい!」
 と、マジ恐ろしい形相で詰め寄られ、さらに女嫌いに拍車がかかることにもなってしまった……。
 何しろ、この姉たちや母、祖母の強さと逞しさは、マクレー家の男二人――デューイとその父親を、日々、隅へ追いやるように増殖されることはあれど、縮小されることはないのだから。
 変わらない容姿――。
 これが、黄帝や舜の一族の宿命であるのだとしても、本当に辛いのは、そんなことではない。
 途切れることのない喉の渇きと、飢え――。陽射しの下での悪寒と、焼けつくようにヒリヒリと走る痛み、爛れる皮膚。
 霧の都、サンフランシスコとはいえ、家族と同じように生活をすることは、この十年間、本当に大変なことだった。
 吸血鬼――。人々は彼らのことを、そんな陳腐な言葉で呼ぶかもしれない。夜毎に血を啜る悍ましい悪鬼であると。
 だが、彼らに最も相応し呼び名は『死に切れない不遇な人々』という言葉である。――そう。不死ではなく、死に切れないのだ。どんなにその生が辛いものであろうと……。


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