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十二夜 貨殖聚斂(かしょくしゅうれん)の李(り)

十二夜 貨殖聚斂の李 20

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 目を醒ますと、そこは、しばらく振りに見る見慣れた我が家の中だった。
 傍らには、人の姿に戻った(?)索冥と、この世で一番顔を見たくない父親、黄帝がいる。
 二人は茶飲み友達のように、何やらのんびりと話をしていた。
「川に落ちたのは舜くんの自業自得なのですから、助けずとも放って置いてよかったのですよ」
 相変わらずの間延びした声で、果てしなく冷たい言葉を口にする。これが、わずか五歳の子供に対する仕打ちだというのだから、舜の家出の決意も解っていただけるというものだろう。
 それに対する索冥の言葉は、
「そう言われても、一応、守護帝だし……」
 守護帝、ってなんだろう、と思いながらも、その疑問は、次の黄帝の言葉に掻き消されてしまった。
「ああ、あの子の呼びかけに応える必要はありません。あの子はご覧の通り、まだとても未熟な子供です。ここは見つけなかったことにして、放っておけばいいのです。――あなたも子守は厭でしょう?」
 ――自分は子守なんかしたこともないクセに!
 舜は心の中で悪態づいた。
 哀しいかな、まだ体に力が入らなくて、とても声を出せる状態ではない。
「でも……」
「舜くんの中に、虞氏の面影を見つけようとしているのなら、それは間違いであり、あの子の何処にもそんなものはありません」
「――」
「あなたがこれまで感じて来た通り、舜くんは虞氏とは似ても似つかぬ別物です」
「それは……」
 索冥の言葉は、窮するようにしぼんでしまった。
「あなたがせっかく彼に託した、大切な《雪精霊の結晶》も、無駄に終わるかも知れません」
「そんな――っ」
「見たでしょう? それを舜くんが、どれほど軽々しく扱ったか――。翔べることを落ちることと重ね合わせて考えられない、愚かな行為の結果と共に――。翔べることが、落ちることも意味するのだと考えられない彼は、強き力を持つことの責任さえ解ってはいません」
「……。俺がしたことは間違っていたのか?」
「いえ、あなたは仁の霊獣として、当然のことをしたのです。あなたは純粋に、彼の苦しみを取り除いてやりたいだけだった。小さな子供が苦しんでいるのを、あなたが黙って見ていられる霊獣でないことは、私もよく解っているつもりですから」
「だから、彼に近づくな、と……?」
 索冥が側にいることで、舜は今回のように、勝手なことをしても、いつでもこうして助けてもらえる。
 解けない封印を解いてもらい、外へ出た時のように。
《貨殖聚斂の李》に『気』を吸い尽くされて動けなくなってしまった時に、《雪精霊の結晶》で助けてもらった時のように。
 魔氷の気を軽々しく扱って、川に落ちてしまっても、すぐに助けてもらえたように。
「――俺にそれを見せつけるために、あの子を連れて行かせたのか?」
 索冥は訊いた。
「あなたたちを浅はかだと言うつもりはありませんが、優しいばかりでは、あの子がつけ上がるのは目に見えています。――虞氏と約束したのです」
「虞氏と……?」
「ああ、つい口を滑らせてしまいました。年をとるとお喋りになってしまって困りますねぇ」
「……」
 それは、何と言う優しい言葉だったのだろうか。
 ずっと、索冥が欲しいと思っていた言葉。
 ずっと、何故なのか知りたいと思っていた言葉。
 何故、虞氏は――。
 何故――。
 それを黄帝は、ほんの少しくれたのだ。自らの失言、という形をとって――もちろん舜なら、年のせいで本当にうっかりしただけだ、と言うだろうが。
「そうなのか……。虞氏は自分で、この子に……」
 索冥は、ずっと気にかかっていた虞氏の禅譲に、黒い瞳を静かに伏せた。
 虞氏は、黄帝とこの子供に索冥を託して行ったのだ。いつまで経っても索冥に預けた《雪精霊の結晶》を取りに行けない自分に代わる者として――。
「……会ったのか、虞氏に?」
 索冥が訊くと、
「さあ、どうでしょう」
 何の心の内も映さない黄帝の言葉と表情は、もしかすると虞氏は――、そう考えてしまうものでも、あった。
 もちろん、そうであっても、何も言うことは出来ないのだが。
 索冥はそれ以上、問うことはせず、黙ってその場から腰を上げた。
 白い髪が、ふわり、と揺れる。
「申し訳ないですねぇ。あなたはきっと誰よりも目醒めの時を心待ちにしていたでしょうに」
 その言葉だけが背中に届いた。
 確かに、蓬莱山にいる麒麟の中で、守護帝の目醒めを心待ちにしていたのは索冥だけかも知れない。そう思うと何だか、笑みが零れた。


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