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十二夜 貨殖聚斂(かしょくしゅうれん)の李(り)

十二夜 貨殖聚斂の李 6

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「その《貨殖聚斂の李》はだなァ――」
 中国晋時代、魯褒の『銭神論』に、こんな言葉がある。

 無翼而飛、無足而走
 解嚴毅之顔、開難發之口
 錢多者處前、少者居後
 錢之所祐、吉無不利

 金があれば翼が無くとも飛ぶことが出来、足が無くとも走ることが出来る。
 険しい顔を解くことも出来、重い口を開かせることも出来る。
 金持ちは前を歩き、貧乏人はその後ろに付き従うしかない。
 金さえあれば、何でも思い通りになる。

 そんな拝金主義を語る言葉である。
 西晋時代に蔓延したのは、贅沢と享楽のために散財しまくる貴族たちの競い合いばかりではなく、全く逆の貨殖聚斂――守銭奴と呼ばれる貴族たちも続出したのだ。
 彼らは金儲けのために全てをケチり、ひたすら財を蓄え続けた。それこそ、金が無くては、生きている価値もない、とのたまうほどに――。
 その筆頭たるのが、名門貴族の一人、王戎おうじゅうであろう。
 彼の邸宅の庭先には、それはよい実を付けるすももの木があり、薄紅の実を付ける度にそれを高値で売っていたが、実を手に入れた者が種を植えて李を実らせてしまうことを危惧し、必ず、種の核に錐で穴をあけてから売ったという、ケチ度を物語る逸話である。
「――その王戎の屋敷に実り、王戎亡き後も、決して芽を出さない種を孕む李が、この《貨殖聚斂の李》と呼ばれるものだ」
 索冥の説明を聞くには聞いたが、それでも、何故この李で母親の元へ行く道を見つけ出せるのか、舜にはさっぱり判らなかった。
 芽を出さない種を孕む李の実――。
「食べたら、どうなるの?」
 舜は訊いた。
「そりゃ、美味いだろうな」
 簡潔極まりない言葉である。
「……」
 なら、食べるためのモノではないのだろうか。
 徹底的な吝嗇りんしょく家である王戎の死後も実を付ける李――なら、その李の持つ意味とは……。
 うーん、とシュンは考えたが、どうにも判りそうにないので、
「一回、寝る」
 と、思考を停止し、蛟龍宮こうりゅうきゅうへの階段を昇りはじめた。
 何しろ、黄帝の目を盗んで封印を解くために、明るい内に起き出し、かなり寝不足だったのだから。
「おい、そこは――」
 索冥の声は聞こえていたが、寝床を求めて、舜は構わず階段を昇った。
 何故だか、皆が息を止めて舜が階段を昇るのを見つめている気がしたが、その理由は解らなかった。
「……入っちゃったわよ、あの子」
 聳弧の言葉に、
「冗談だろ……。やっぱり、あいつなのか?」
 索冥。
「自分で連れて来ておいて、何を言ってるんだか」
 と、炎駒。
「そもそも、ただの人間に、あなたが近づくはずがないでしょ」
「じゃあ、『去りし日の御方』は……」
「おまえの知る守護帝は、もう何処にもいないのさ」
「……」


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