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十二夜 貨殖聚斂(かしょくしゅうれん)の李(り)
十二夜 貨殖聚斂の李 4
しおりを挟む「角端も目醒めそうだっただろ? まだなのか?」
「さあ、目が醒めたら勝手に起きて来るでしょ」
どうやら、館の中には、まだ眠っている者がいるらしい。
だが、そんなことは、今の舜にはどうでもいいことである。今の瞬が知りたいことは、
「街、ってどっち?」
舜は訊いた。
一同の視線が、舜へと向く。
「は……? おまえ、何て言って誑かして連れて来たんだ、索冥? 誘拐か?」
舜の言葉を聞いて、赤毛の青年が眉を寄せる。
「冗談。こいつが、殺されるから連れて行ってくれ、って言ったんだ」
「ええっ! じゃあ、ただの子供を、この蓬莱山に連れて来たの?」
「何考えてるのよ。断りなさいよ!」
女二人に責められる。
「面白い『気』だから、見せてやろうと思ったんだよ。それに……なんか、断れなかったし――。ほら、殺される、とか言われたら放っておけないだろ」
「なら、やっぱり誘拐じゃないか」
と、止めを刺す。
「怒るぞ、炎駒」
どうやら、舜の言葉は無視されてしまったようである。
だが、こんなことは日常茶飯事なので、メゲたりはしない。何しろ、あの極悪非道の父親ときたら――。ああ、今はこんな話をしている時ではない。
「ねーっ、街!」
舜は物怖じすることもなく、況してや、目の前の不思議な存在たちに戸惑うでもなく、自分の主張を優先させた。
あの奇峰の最高峰から離れたこともなく、街に連れて行ってもらったこともないのだから、自分以外の人間が、どんな姿形をしているのかも、よく知らなかったのだ。もちろん、どんな服を着て、どんな暮らしをしているのかも――。
「街、街、って――。街に行ってどうするんだよ?」
索冥の言葉に、
「かーさまの処に会いに行くもん」
立派な目的があることを、舜は告げた。
「どうするのよ、索冥? ちゃんと面倒みなさいよ」
「これだから、目醒めたばかりの寝ぼけまなこのすることは――」
「もう五年だ」
「たった五年でしょう」
結局、舜の言葉は無視されるのである。――いや、相手にしてもらえるらしく、
「クソっ」
と、吐き捨てた後、
「掴まってろ」
と、舜の首根っこを掴んで腕に抱え、索冥が空高く舞い上がった。
遥か頭上には、水のような空がある。
あっと言う間に、宮殿や森が小さくなり、その《山》の全容を見渡せる高さまで上昇する。
それでもさらに上昇し――。
そこは、舜の棲む奇峰の秘境とはまた違う、海のように青みがかった雲海に浮かぶ、険しく聳える《岩山》だった。
まるで、大海に浮かぶ孤島のように、それ以外は何も見当たらない。
「……街は?」
舜が訊くと、
「見ての通りだ。今のおまえには何も見えない。知らないものが見えるはずもない。――海があり、陸があり、国があり、街がある。街には人もいるし、獣もいる。病もあるし、罪もある。――その何処に行きたいんだ? おまえの言葉じゃ、何も判らん」
索冥が肩を竦めて、唇を曲げる。
「……」
舜の言葉――街という言葉だけでは……。
なら、そこがどんなところで、どういう名前の街なのか知っていたら、この青みがかった雲海の中に、浮かび上がって来るのだろうか。
「でも、ぼくはこの山も知らない……」
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