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十二夜 貨殖聚斂(かしょくしゅうれん)の李(り)
十二夜 貨殖聚斂の李 1
しおりを挟む――またですか。
ひたひた、と足音を忍ばせ、外へ出ようとする気配を感じながらも、黄帝は寝台の上で目を閉じたまま、心の中で呟きを零した。
もちろん、その呟きさえも、のんびりとした口調である。
寝台――夜の一族である彼が眠っている寝台だからといって、決して重々しい柩などではない。高名な北欧の家具職人の手で作られた、美しい細工の寝台である。
そして、そんな寝台で眠っている青年は、その銀色に輝く長い髪も、月の神のような麗容も、人外の者としか思えない造形美を備えている。
見た目は二七、八歳の青年である。
だが、この世が天と地に分かたれた太初から存在している、と言われたところで、誰も不思議とは思わないだろう。
こんな雲海と岩山しかない秘境に棲んでいることにしても、謎の多い青年なのである。
そんな青年の部屋から少し離れた玄関で――。
カチャカチャ、とドアを開けようとする音が、聞こえた。
――さて、どうしましょうねぇ。
ドア越しにその音を聞きながら、黄帝は再び心の中で呟いた。
懲りないというのか、諦めないというのか……もう何日も、ずっとこの調子なのである。――いや、黄帝が、ではなく、玄関でドアを開けようとしている人物の方が。
ここは、中国の山奥である。
幾つもの奇峰が雲海を貫き、山水画そのものの世界を映し出している。まさに、秘境と呼べる静寂に満ちた土地なのだ。
その奇峰の最峰の断崖を刳り抜く形で、銀色の青年の住居は作られていた。
もちろん、こんな山奥の秘境に作られているからと言って、原始的なものではない。電化製品はないとはいえ、大理石や黒曜石、その他素材の解らない美しい石が張り巡らされている。
もっと言うなら、空間的な辻褄も合わない住処である。
まあ、そんな話はいいとして、ここが洞窟のような空間ではなく、趣味のよい内装に整えられた空間であることが解っていただければいい。
そこで、聞こえて来るその音は――。
小さな子供が、懸命に玄関の扉を開けようとしている音である。
まだ四、五歳だろうか。さらさらと瞳にかかる射干玉の髪も、幼いながらも人外の造形美を備える面貌も、さきほどの青年と確かに親子であることを示している。愛らしい、というよりも、きれい、という言葉が似合う子供なのだ。
そして、この幼子、母と引き離された――(と信じている)その日から、こうして何度も夜中に起き出し――いや違った、昼間に起き出し、黄帝が扉にかけた封印を相手に、カチャカチャと四苦八苦を繰り返しているのである。
もちろん、扉が開いた試しは、今までに一度も、ない。
それでも諦めることが無いのだから、根気だけはあるというか、へこたれないというか……まあ、ここは褒めることにしておこう。
それにしても――。
黄帝は、そんな幼子に声をかけるでもなく、また今日も寝床で丸くなっていた。
どんなに足掻いたところで、舜に開けられる扉ではないのだから、心配して起き出す必要もない。
だが、今日は――。
――おやおや、これは……。
何者かが封印を解いた気配を感じ取り、黄帝は少しだけ表情を変えた。
複雑な封印ではないとはいえ、恐らく、今のこの世界で、黄帝のかけた封印を解ける者がいるとすれば、それは……。
――そうですか。来ましたか。
黄帝はそれでも目を開けることはせず、毛布の中に潜り込み、あふ、とのんびり欠伸を零すと、夕暮れまでもう少し眠ることにしたのである……。
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