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十一夜 猩猩(しょうじょう)の娘
十一夜 猩猩の娘 26
しおりを挟む大切なものを失う時は、いつも、哀しい。
二度と手元に戻らないだけに、尚更――。
新夏を殺してしまった時も。
玲玲を死に追いやってしまった時も。
そして、李瑁を裏切ってしまった時も……。
もちろん、裏切るつもりなど、決して、なかった。
彼が望む地位を与えて上げられたら、どんなに歓んでくれるかと――そう思ってのことだった。
それなのに李瑁の望みはそんなことではなく、香月と共にいることだったなど……。
再び香月は、これまでの永き星霜の中、王侯貴族たちと戯れて来た時のように、贅沢三昧に振舞い、全てを忘れ――いや、忘れようとし、享楽に浸った。
多くの者の命を奪い――そして、香月自身もまた、その罪深さゆえに、玄宗帝の腹心である宦官に首吊りに処された。
楊貴妃としての最後である。
――こんなことで、私の罪が償えるのならば……。
それは、安堵の時でもあった。
愛しい人と別れるには、甘んじて死を受けるしか術はないのだから……。
息絶え、また、息を吹き返し、自分の意思とは裏腹に、この体は甦ってしまう。
死に切れない――それが一族の宿命なのだと。
愛するものは、必ず自分より先に死ぬ――それを見続けて行かなくてはならないのだと。
ならば、もう人としての――女としての心など、持つまい。
また、すれ違って哀しむのなら……。
それでも、歳月が経つと、また人の中に紛れてみたくなる。
今度は誰の元で、どんな名前を使って……。
絶世の美女と謳われる円円の噂は、すぐに皇帝の耳にも入り、買われるようにして宮に召された。そして、混乱の期に乗じるように、今度は武将の愛妾となり、香月は『陳円円』という名で、戦乱の世に血を求めた。
敵軍に捉えられた時も、血を啜ることは忘れなかった。
夫である武将、呉三桂が、家族を殺害されることも厭わず、自分を探し求めてくれたと聞いても、心はわずかも揺れなかった。――いや、揺れないように努めていた。
「ぜひ、私の正妃となってくれ」
そんな三桂の言葉にも首を振った。
もう愛を求めはしない――血塗られた道を行くのだと――。
そんな中、敵軍の中にも、殺、殺、殺人……と、殺戮と血を求め続ける男がいることを知った。
自ら大西王を名乗り、成都を陥落させた男である。
目の前に立ちはだかる敵はもちろん、家来や愛妾さえも殺し、妻や息子にまで手をかけた、というその狂人の噂は香月の耳にも入り、その奇行から、もしかすると人ではなく――自分と同じ、血を求める種族ではないのか、とも思っていた。
彼がいつも生首に酌をして回っている、という盃には、何やら不穏な邪気が取り憑き、今にも自分自身で血を求め、蠢き始めようとしているかのようだった。
いや、間違いなく蠢き始める。
それは血を欲している。
だが、その大西王、張献忠の命運が尽きるのは早く、成都を陥落させたわずか二年後に、鳳凰山で射殺された。
凄まじい瘴気を放つ得体の知れない気配を残して――。
後に『聚首歓宴の盃』と呼ばれることになる、朱色に塗られた盃である。
その盃を手に、銀色の麗身が立っていた。――いや、すでに立ち去る間際であったのか、その姿は、香月が見つけると同時に、塵のように消え失せた。
「あれは……」
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