279 / 533
十一夜 猩猩(しょうじょう)の娘
十一夜 猩猩の娘 20
しおりを挟む後宮に通され、御簾の向こうに寝台の用意された一室で、香月は寝衣に召し変えさせられ、姫王の訪れを、ただ一人座って待っていた。
廊下を渡る気配に灯りが揺れ、それでいて、その人物が部屋へと入って来た時には、灯りは少しも揺れなかった。
どんな恐ろしい姿をしているのか、どんなに醜い顔をしているのか――気にかかるのはそんなことではなく、玲玲はどこにいるのか――置かれているのか、ということだけだった。
顔を上げていい、と言われたら、すぐに赤光を放つ瞳の力で、玲玲の居場所を聞き出そう――そうも思っていた。
静かな声で、姫王が、面を上げるように、と待っていた呪文のような言葉を口にした。
香月はゆうるりと顔を上げ、赤光を放つ妖眼で姫王を見上げた。
だが――。
――効いていない。
驚くことに、それは刹那に見て取れた。――いや、あの御簾越しの畏怖を感じた時から、少しはこういう事態を予期していたのかも知れない。
「どうした? 私の顔に何か付いているか?」
姫王は言った。
戦慄すら覚える、人外の美しさを備える青年であった。
噂で耳にしていたように、顔に醜い腫れものがあるわけでもなく、夜の闇に浮かぶ月の神のような麗容と、流れる漆黒の髪をしていた。
そして、どこかで見たことがある――そんな既視感も込み上げていた。
「い、いえ、申し訳ございません……」
この天府の王たる人物と目を合わせるだけでなく、まじまじとその顔を見つめるなど、してはならない無礼である。
だが、これほどに美しい貴人を前にすれば、誰もが魂を抜かれたように、茫と見つめ続けるのではないだろうか。
「構わぬ。――さて、宗厚には位をやったが、そなたには何を与えよう?」
何もかも見透かすような玲瓏な眼差しで、姫王は訊いた。
「――。私は……」
――私は、玲玲に会いたい。
「……私は、ただ、主上にお仕えするために参りました。宗厚様の元で教えていただいた行儀作法、舞いや謡を、お側で――」
「まあ、そんなところだろう。宗厚は賢い男だ。出世も女も――とは欲張らぬ。己は位だけを求め、それ以外のものは朕に寄越す。珍しいもの、美しいもの、何でも……」
「……」
――何でも……。
出世のためなら、娘のように育ててきた年端のいかぬ少女でも……。
「私にはすでに正妃も貴妃も妃も何人かいるが……。さて、どうしたものか」
ひじ掛けに頬杖をつく仕草さえ、美しかった。
「……どうぞ、私をお召しください」
ここに留まることが出来なければ、玲玲に会うことも出来ないのだ。それに、この長けた王――。自分で側に召しておきながら、相手にその言葉を言わせるなど……。
「幸い、貴妃は今、一人しかおらぬ。そなたにはその官位をやろう」
少し笑むように瞳を細め、何を考えているのか、姫王は言った。
だが、これで香月は、この後宮にいられるのだ。ここを自由に歩き回れる。
「ありがたき幸せにございます……」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ダンジョンの隠し部屋に閉じ込められた下級冒険者はゾンビになって生き返る⁉︎
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
Bランクダンジョンがある町に住む主人公のカナンは、茶色い髪の二十歳の男冒険者だ。地属性の魔法を使い、剣でモンスターと戦う。冒険者になって二年の月日が過ぎたが、階級はA〜Fまである階級の中で、下から二番目のEランクだ。
カナンにはAランク冒険者の姉がいて、姉から貰った剣と冒険者手帳の知識を他の冒険者達に自慢していた。当然、姉の七光りで口だけのカナンは、冒険者達に徐々に嫌われるようになった。そして、一年半をかけて完全孤立状態を完成させた。
それから約半年後のある日、別の町にいる姉から孤児の少女を引き取って欲しいと手紙が送られてきた。その時のカナンはダンジョンにも入らずに、自宅に引きこもっていた。当然、やって来た少女を家から追い出すと決めた。
けれども、やって来た少女に冒険者の才能を見つけると、カナンはダンジョンに行く事を決意した。少女に短剣を持たせると、地下一階から再スタートを始めた。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!
クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』
自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。
最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる