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十一夜 猩猩(しょうじょう)の娘
十一夜 猩猩の娘 20
しおりを挟む後宮に通され、御簾の向こうに寝台の用意された一室で、香月は寝衣に召し変えさせられ、姫王の訪れを、ただ一人座って待っていた。
廊下を渡る気配に灯りが揺れ、それでいて、その人物が部屋へと入って来た時には、灯りは少しも揺れなかった。
どんな恐ろしい姿をしているのか、どんなに醜い顔をしているのか――気にかかるのはそんなことではなく、玲玲はどこにいるのか――置かれているのか、ということだけだった。
顔を上げていい、と言われたら、すぐに赤光を放つ瞳の力で、玲玲の居場所を聞き出そう――そうも思っていた。
静かな声で、姫王が、面を上げるように、と待っていた呪文のような言葉を口にした。
香月はゆうるりと顔を上げ、赤光を放つ妖眼で姫王を見上げた。
だが――。
――効いていない。
驚くことに、それは刹那に見て取れた。――いや、あの御簾越しの畏怖を感じた時から、少しはこういう事態を予期していたのかも知れない。
「どうした? 私の顔に何か付いているか?」
姫王は言った。
戦慄すら覚える、人外の美しさを備える青年であった。
噂で耳にしていたように、顔に醜い腫れものがあるわけでもなく、夜の闇に浮かぶ月の神のような麗容と、流れる漆黒の髪をしていた。
そして、どこかで見たことがある――そんな既視感も込み上げていた。
「い、いえ、申し訳ございません……」
この天府の王たる人物と目を合わせるだけでなく、まじまじとその顔を見つめるなど、してはならない無礼である。
だが、これほどに美しい貴人を前にすれば、誰もが魂を抜かれたように、茫と見つめ続けるのではないだろうか。
「構わぬ。――さて、宗厚には位をやったが、そなたには何を与えよう?」
何もかも見透かすような玲瓏な眼差しで、姫王は訊いた。
「――。私は……」
――私は、玲玲に会いたい。
「……私は、ただ、主上にお仕えするために参りました。宗厚様の元で教えていただいた行儀作法、舞いや謡を、お側で――」
「まあ、そんなところだろう。宗厚は賢い男だ。出世も女も――とは欲張らぬ。己は位だけを求め、それ以外のものは朕に寄越す。珍しいもの、美しいもの、何でも……」
「……」
――何でも……。
出世のためなら、娘のように育ててきた年端のいかぬ少女でも……。
「私にはすでに正妃も貴妃も妃も何人かいるが……。さて、どうしたものか」
ひじ掛けに頬杖をつく仕草さえ、美しかった。
「……どうぞ、私をお召しください」
ここに留まることが出来なければ、玲玲に会うことも出来ないのだ。それに、この長けた王――。自分で側に召しておきながら、相手にその言葉を言わせるなど……。
「幸い、貴妃は今、一人しかおらぬ。そなたにはその官位をやろう」
少し笑むように瞳を細め、何を考えているのか、姫王は言った。
だが、これで香月は、この後宮にいられるのだ。ここを自由に歩き回れる。
「ありがたき幸せにございます……」
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