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十一夜 猩猩(しょうじょう)の娘
十一夜 猩猩の娘 7
しおりを挟む乱杭歯は、山を下りる道々で引っ込んだ。元からそんなものなどなかったように、いつもの乳歯だけが覗いている。
「玲玲――」
二人っきりの部屋の中で、少女の姿になった玲玲に、香月は訊いた。
「……私は、何をしようとしていたの?」
あの時、甘い匂いを嗅いでから、玲玲に止められるまでの記憶が曖昧なのだ。
ひどく喉が渇いていたのは覚えている。
飢えと疲労を感じ、動けなくなって新夏におぶってもらっていたことも知っている。
「以前にもお話しした通り、あなたには糧たる血が必要なのです。かといって、血の代わりになる宇春の母乳はもう出ません。――ですが、人を襲ってしまっては、この村にいることは出来ません。もう少し大人になられてからならともかく、その小さな御姿では……」
「教えて! 私は何をしようとしていたの!」
回りくどい言い方ではなく、はっきりとした答えを求めて、香月は訊いた。
まだ六つにもならないとはいえ、ものの善悪はついている。
自分が他の子供たちと違うことも知っていたし……、それが、神と崇められる黄帝の子であるからで、人を襲う化け物である――ということでは困るのだ。――いや、受け入れられない。
「……わたしの血を所望ください。わたしは、そのためにあなたの元へと使わされたのです」
玲玲が言った。
――そのために……。
彼女の血を吸って生きるために――。
「そんなのいや! 乳をくれる人を探して!」
香月は頑なに首を振った。
人と共に生き、人として生きて来たのだ、今まで、ずっと――。今更、その人としての自分を捨て、誰かの血を糧に生きて行くなど、受け入れられることではない。
だが――。
「十歳になっても、二十歳になっても――百歳になっても、そう言われるつもりですか?」
返って来たのは、その言葉であった。
今はそれでよくても――幼い内は、乳をくれる乳母が見つかったとしても、それは永遠に続くものではあり得ない。あくまでも、一時凌ぎの逃げ場なのだ。
「血なんか……気持ち悪い」
心はそう拒んでいても、本能に求めるものがある。それを認めてしまうのが怖かった。
確かにそれを感じている自分がいる。
甘い血の匂いに、この上なく惹かれる自分がいる。
「……死んだ方がいい」
全てを振り切り、香月は言った。
「死に切れません。そういう定めをお持ちなのですから」
「――」
死ぬことすら許されていない、定め……。
なら、このまま何も口にせず、弱って行ったとしても、ミイラのように乾き、朽ちるだけで、魂が体を離れることはない、というのだろうか。
「人と同じものを食することが出来るのなら、或いは、老いて死ぬことも出来るのかも知れません。ですが、あなたが口に出来るのは――」
「もういい! あっちへ行って!」
自分が口に出来るのは、人の血だけ――そんな言葉など聞きたくはなかった。
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