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十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 28
しおりを挟む黄帝に貰った『和氏の璧』を失ったまま、現代に戻ってきてしまったのだ。
「ああ、そんなものもあったな」
対照的な二人の反応である。
「もう諦めるんだな。黄帝もこんなタイミングでオレたちを戻す、ってことは、あの『璧』は要らない、ってことなんだから」
「ぼくが失くしたことを御存じないだけかも……。それに、黄帝様のことは、ちゃんと『お父様』と呼ばないと」
こんな時も、黄帝を敬う言葉は忘れない。
「フンっ。――まあ、今回は無事に帰って来れたことだし、そう呼んでやってもいいけど」
――無事だったか?
結構、ズタボロになっていたような気も……。いやいや、舜にしてみれば、今回の顛末の中、黄帝に厭味を言われそうなことは何もしなかったのだから、いつもよりも数段、心が軽い。デューイのことも蛇から助けたし、若飛と母の心も繋いでやり、怨霊と化した凍てついた心を成仏させてやった。
褒められこそすれ、厭味を言われる筋合いなど微塵もない。
もちろん、黄帝に褒められたところで、舜は塵ほども嬉しくはないが。
「さてっ、ただいま――!」
と言って、舜が奇峰の最高峰の居に入ろうとした時、天気が悪い訳でもなかったのに、あっと言う間に暗雲が立ち込め、瞬く間に滝のような豪雨が降り注いだ。まるで、紫禁城に着いた日に、二人がずぶ濡れになったあの雨と同じように――。
「何だよ! また雨かよ!」
だが、今度は家が目の前のため、すぐに雨を逃れて中に入る。
さすがに家の中まで雨は降りはしなかったが、たったあれだけの間でも、結構、濡れてしまっていた。
「おや、お客様ですか」
惚けた口調で、そんな大ボケをカマしたのは、言わずと知れた黄帝である。
――やっぱりボケてるのか、こいつ。
と、舜が一瞬思ったことは、それ以上は触れないでおこう。何しろ、我が子を見てそんな言葉を口走ったとしても、どういう意味なのか解らないのが、この青年の言葉なのだ。
「明代の服を着てても、あんたの――違った。お父さまの息子の舜だよ」
今日は気分が良いので、そう応える。
何しろ、今回は黄帝に厭味を言われる心配もなければ、何の失敗もしていない。『和氏の璧』を失くしてしまったとはいえ、あれはもともとデューイが貰ったものであり、舜にはこれっぽっちも関係ない。
服は蛇との《話し合い》にズタボロになってしまったので、紫禁城で新しいものを用意してもらった。それに着替えて寝ようとしていた訳なのだが――。もうそのことは忘れよう。
こんなに気分のいい日は、久しぶりである。そんな訳で、黄帝のことも『お父さま』と呼んでやってもいい、と自分で言い直したくらいなのだから。
だが、デューイが後に続いて中に入り、その後ろには――。
その後ろには、いつの間にか、さぞ高貴な生まれと思える清廉な美しさの娘が立っていた。
舜よりもいくつか年上であろうと思えるその娘は、誇り高き一族の血を誇るように、歴史上のどんな人物よりも美しい装束を身につけ、全身から霊力を漲らせていた。
「さっきまで何も感じなかったのに……」
凄まじい霊力に圧倒されながら、舜は思わず一歩、退いた。
デューイも、何が何だか解らないながらも、尊いものを感じるのか、同じように後ろに下がっている。
そして、思った。
さっき、黄帝が『客』と言ったのは、この娘のことだったのだろうと。
「何なんだ……この力……?」
舜の一族の者とも違う――。ましてや怨霊の類でも、魔物の類でもあり得ない。誰もが畏れて跪きたくなるような霊力)なのだ。
「これは久しぶりですね、《西海白龍王敖潤》殿。さっき――というか、紫禁城で私を呼ばれたのは、やはりあなたでしたか」
懐かしむように瞳を細めて、黄帝が言った。
あの時、黄帝がわざわざ紫禁城に出向いたのは、彼女が黄帝の名を呼んだからだ、と言うのだろうか。
なら、名を呼ばれたくらいで、わざわざ黄帝が出向くその娘の素性は――。
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