華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

文字の大きさ
上 下
256 / 533
十夜 和氏(かし)の璧(へき)

十夜 和氏の璧 28

しおりを挟む

 黄帝に貰った『和氏の璧』を失ったまま、現代に戻ってきてしまったのだ。
「ああ、そんなものもあったな」
 対照的な二人の反応である。
「もう諦めるんだな。黄帝もこんなタイミングでオレたちを戻す、ってことは、あの『璧』は要らない、ってことなんだから」
「ぼくが失くしたことを御存じないだけかも……。それに、黄帝様のことは、ちゃんと『お父様』と呼ばないと」
 こんな時も、黄帝を敬う言葉は忘れない。
「フンっ。――まあ、今回は無事に帰って来れたことだし、そう呼んでやってもいいけど」
 ――無事だったか?
 結構、ズタボロになっていたような気も……。いやいや、舜にしてみれば、今回の顛末の中、黄帝に厭味を言われそうなことは何もしなかったのだから、いつもよりも数段、心が軽い。デューイのことも蛇から助けたし、若飛と母の心も繋いでやり、怨霊と化した凍てついた心を成仏させてやった。
 褒められこそすれ、厭味を言われる筋合いなど微塵もない。
 もちろん、黄帝に褒められたところで、舜は塵ほども嬉しくはないが。
「さてっ、ただいま――!」
 と言って、舜が奇峰の最高峰の居に入ろうとした時、天気が悪い訳でもなかったのに、あっと言う間に暗雲が立ち込め、瞬く間に滝のような豪雨が降り注いだ。まるで、紫禁城に着いた日に、二人がずぶ濡れになったあの雨と同じように――。
「何だよ! また雨かよ!」
 だが、今度は家が目の前のため、すぐに雨を逃れて中に入る。
 さすがに家の中まで雨は降りはしなかったが、たったあれだけの間でも、結構、濡れてしまっていた。
「おや、お客様ですか」
 惚けた口調で、そんな大ボケをカマしたのは、言わずと知れた黄帝である。
 ――やっぱりボケてるのか、こいつ。
 と、舜が一瞬思ったことは、それ以上は触れないでおこう。何しろ、我が子を見てそんな言葉を口走ったとしても、どういう意味なのか解らないのが、この青年の言葉なのだ。
「明代の服を着てても、あんたの――違った。お父さまの息子の舜だよ」
 今日は気分が良いので、そう応える。
 何しろ、今回は黄帝に厭味を言われる心配もなければ、何の失敗もしていない。『和氏の璧』を失くしてしまったとはいえ、あれはもともとデューイが貰ったものであり、舜にはこれっぽっちも関係ない。
 服は蛇との《話し合い》にズタボロになってしまったので、紫禁城で新しいものを用意してもらった。それに着替えて寝ようとしていた訳なのだが――。もうそのことは忘れよう。
 こんなに気分のいい日は、久しぶりである。そんな訳で、黄帝のことも『お父さま』と呼んでやってもいい、と自分で言い直したくらいなのだから。
 だが、デューイが後に続いて中に入り、その後ろには――。




 その後ろには、いつの間にか、さぞ高貴な生まれと思える清廉な美しさの娘が立っていた。
 舜よりもいくつか年上であろうと思えるその娘は、誇り高き一族の血を誇るように、歴史上のどんな人物よりも美しい装束を身につけ、全身から霊力を漲らせていた。
「さっきまで何も感じなかったのに……」
 凄まじい霊力に圧倒されながら、舜は思わず一歩、退いた。
 デューイも、何が何だか解らないながらも、尊いものを感じるのか、同じように後ろに下がっている。
 そして、思った。
 さっき、黄帝が『客』と言ったのは、この娘のことだったのだろうと。
「何なんだ……この力……?」
 舜の一族の者とも違う――。ましてや怨霊の類でも、魔物の類でもあり得ない。誰もが畏れてひざまずきたくなるような霊力ちから)なのだ。
「これは久しぶりですね、《西海白龍王敖潤シーハイバイロンワンアオルン》殿。さっき――というか、紫禁城で私を呼ばれたのは、やはりあなたでしたか」
 懐かしむように瞳を細めて、黄帝が言った。
 あの時、黄帝がわざわざ紫禁城に出向いたのは、彼女が黄帝の名を呼んだからだ、と言うのだろうか。
 なら、名を呼ばれたくらいで、わざわざ黄帝が出向くその娘の素性は――。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

竹比古
恋愛
 今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。  男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。  わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。  司は一体、何者なのか。  司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。  失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。  柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。  謎ばかりが増え続ける。  そして、全てが明らかになった時……。  ※以前に他サイトで掲載していたものです。  ※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。  ※表紙画:フリーイラストの加工です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...