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十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 25
しおりを挟む「クソっ! ちょっとは人の話を聞けよ!」
圧される力に震える腕で踏ん張りながら舜が言うと、蛇は赤い舌をチロチロと吐き出し、舜の体に叩きつけた。
「うわ――っ!」
もう踏ん張り続けることも出来ず、そのまま地面に直撃する。
怨霊に、他人の話を聞く耳はない。だから始末が悪いのだ。
「舌が器用って、反則だろ」
そこなのか、問題は?
舜は素早く立ち上がり、
「オレとじゃなくていいから、若飛と話をしろよ! ――おっと!」
やはり、蛇に聞く耳はない。
巨躯が迫り、空気を揺るがすたびに、怨霊に歯止めが利かなくなる。このままでは、肉親の言葉さえ届かなくなってしまうかも知れない。
蛇に聞く耳がない、というのは皮肉でも何でもなく、耳が退化しているために、地面の振動や、口腔内の臭覚をつかさどる器官を使って、相手を確かめているのである。赤外線感知器管を有する蛇もいる。
若飛の母親も、蛇の姿を取っている時は、話が通じなくても不思議ではない。
無論、何度も心の中で繰り返していた言葉――若飛、というその名には、声の振動を空気や地表を通じて感じ取ることで、聞き分けることが出来るのかも知れないが――。いや、出来るのだろう。だから彼女はあの時も、若飛の名に反応したのだ。
攻撃の形に湾曲した鎌首が、再び、舜めがけて風を切る。
もちろん舜は跳躍し、蛇の攻撃を躱――そうとしたが、体はそのまま宙で制止し、舜の体は濡れ光る鱗を持つ尾にからめ捕られ、刹那にきつく絞め上げられた。
「く――っ!」
声すら出ない苦痛だった。
全身が蛇の太い胴に絞め上げられ、骨が瞬く間に悲鳴を上げる。
直接耳に響く厭な音が、バキバキと折れる骨の感触を、激痛と共に脳に伝えた。
「うわあああ――っ!」
叫びはしたが、途中で口腔から血が溢れ、それ以上の声は続かなかった。
粉々に砕けた骨の感触と、潰れた内臓の圧迫が、死に切れない身を痛めつける。
――クソ……っ! 話を聞かない怨霊を、どうやって成仏させるんだよ!
心の中で悪態づくと、
「知りたいですか?」
どこか間延びした、耳慣れた声が、姿もなく聞こえてきた。
息子が血まみれで、息も絶え絶えになっているというのに、今日も変わらずのんびりとしている。――黄帝である。
――出て来るくらいなら、こんな処に飛ばすなよ。
肺が潰れて喋れないため、舜は、再び心の中で言葉を返した。
「そう言われても……誰かが私の名を呼んだ、と思ったのですがねェ。聞き違いだったのでしょうか?」
黄帝は唇を曲げている――のではないか、と思える様子が伝わって来る。
この青年には、時間も空間も超えて、自分を呼ぶ声が届くというのだろうか。――いや、もちろん、この青年なら、そんなことがあっても不思議ではないが。
――あんたが昔騙した女だろ。
三度、胸の中で舜は言った。
『……黄帝の嘘つき』
その素貞の言葉を信じるのなら、舜の言葉も憶測とは言えない。
「身に覚えがありませんねェ……」
殴ってやろうか、この青年――と思うのだが、舜の力では、到底無理。
――あんたが自分で謝れよ。どっかに消えたままだから、行方へは知らないけど。
「うーん、困りましたねェ……。何か誤解が生じてしまったようで――。まあ、また会うこともあるでしょう」
そんな無責任な言葉を残して、黄帝の気配は、この場からぷっつりと消えてしまった。
どうやら、探し回ってまで、謝るつもりはないらしい。もちろん、黄帝の言葉を信じるのなら、何か誤解が生じている、ということになるのだろうが――舜はもちろん、そんな言葉など信じてはいない。
というか、息子もこのまま放置して帰ってしまったというのか、あの青年は。
もちろん、帰ったのである。
こんな親に育てられたら、逞しくもなるのだろう。精神面も含めて。
「く……そ……っ」
蛇の締め付けから逃れようとするが、体に力は入らない。
そこをさらに絞め上げられ、心臓が破裂して意識を失う――そう思った時――。
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