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十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 23
しおりを挟む村はすでに破壊の限りが尽くされていた。
もちろん、あの強い思念の塊である巨大な蛇がその気になれば、こんな小さな山村など、ひとたまりもなかっただろう。
だが、村人の姿が少ない。
壊された家の下敷きになっている者もいるのかも知れないが、そこいらに倒れている死傷者は、せいぜい数人――。あの、蛇の穴に投げ込まれた少女の姿も見当たらない。
探し回らずともそれは、舜やデューイの嗅覚を持ってすれば、ここにいないことはすぐに判った。
舜とデューイは、まだ息のある村人の傍らに膝をつき、
「紅花は? ――他の村人は何処へ行ったんだ?」
と、その行方を問いかけた。
まさか、若飛の母親が、蛇たちの生贄にするために連れて行ったのではないだろうが。
「紅花の……母親の…言ったことは……気休めだ……。それなのに……皆……そんな言葉を……真に受けて……穴に……」
途切れ途切れの村人の言葉は、つなぎ合わせるとこうだった。
生贄として穴に放り込まれた紅花が、無傷で戻って来たことに驚いた母親は、もう決して娘を生贄などにするまいと、村人たちに、
『若飛の母の遺骨を村に持ち帰り、夫の墓に共に埋葬してやり、手厚く葬ってやるべきだ』
と、訴えた。
全てはあの酷い仕打ちから始まっているのだから、そこを悔い改めなくては、蛇様の怒りは収まらない、と――。
村人たちの多くは、これからも続く生贄に、次は自分の家族が選ばれるのではないか、とビクビクしていたため、その紅花の母の言葉に賛同した。
だが、そうではない者たちもいて、
『馬鹿馬鹿しい』
と、真実から目を逸らす者も、いた。
村に残っていたのは、そういう者たちだったのだ。
もちろん、今、息も絶え絶えになってその話をしているその男も、そんな者たちの一人だったのだろう。
真実に向き合い、自らの罪を認め、若飛の母を弔おうとしていたら、こんな目には遭わなかったはずなのに……。
「でも、舜。ぼくたちと違って、この村の人たちが蛇の巣に入ったら、あの蛇たちに咬まれたりするんじゃ……」
心配をして眉を落すデューイの言葉に、
「そんなことは皆承知しているだろうし、自分たちで何か手を考えるさ。そこまで、俺たちが心配してやる必要はない。それに……たとえ咬まれても――それが人の痛みを知る、っていうことだ」
やはり、あの黄帝の息子なのだろう。十数年という人生経験しか持たなくても、あの父親を見て育てば、得ることも多い。
もちろん、それを舜が歓んでいたかどうかは別だが。
「……そうだな」
「若飛の母親の弔いは村の人たちに任せて、オレたちは紫禁城に戻るぞ」
真実を認めてもらうためには、こんなにも長い時間がかかってしまったのだ。
――疫病をまき散らしたのは、自分ではない。
――村を呪う気持など、微塵もなかった。
それだけの言葉を聞いてもらうのに、十数年も……。
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