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十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 20
しおりを挟む「気がついたか?」
ここはもう蛇の巣穴の中ではなく、あの村からも巣穴からも少し離れた山中の、木々の開けた場所である。
目を醒ました少女は、今の状況に戸惑っている様子だったが、すぐに自分が『蛇様の生贄』として選ばれ、あの蛇の巣穴に放り込まれる運命だったことを思い出していた。――いや、実際に放り込まれ、そこを舜が助けたのだが。
「……ここは?」
少女が訊いた。
「安全な場所だ」
と、舜が簡単に応えると、少女はホッと安堵を見せ、他のことを気にする余裕がないのか、それとも舜の人外の麗容に見惚れているのか、色々な疑問に目を向ける様子はなさそうだった。
たとえば、舜とデューイが何故あんなところにいたのか、だとか、蛇の巣窟で少女を抱きとめた舜が、蛇に全く咬まれていないのは何故なのか、とか――。
何より、そんな不思議な格好をした青年と少年が、あんなところで何をしていたのか。
「あの――、助けていただいて、ありがとうございます。わたしは紅花と申します」
少女――紅花と名乗った少女は言った。
「礼よりも、村のことを教えてくれ」
何故、蛇の巣に生贄を捧げることになったのか――。もちろん、昔から神々への供物や、荒ぶる神を鎮めるための生贄が捧げられることはよくあるが。
だが、それは大々的な儀式のようなものが多く、深夜にこっそりと蛇の穴に投げ捨てに行くなど、しっくりと来ない。
「それは……」
紅花は少し言い淀んでいたが、自らが生贄に選ばれ、それを助けてくれた恩人とあれば、それ以上のためらいも消えたのか、
「まだ十四、五年前のことだと聞いています……」
それまではあの村も、ごく普通の賑やかな村だったのだ。
海に近い町から、この村の男の元へ一人の娘が嫁いできた。器量も良く、悪い娘ではなかったが、村での生活に中々馴染めず、男が働きに出ている間は、一人でいることが多かったという。
その内、彼女も身籠り、悪阻が酷かったこともあって、ほとんど家から出なくなった。悪阻は長引き、臨月に入っても辛い日々が続き、彼女の夫の話では、ほとんど床の中で伏せっている、ということだった。
もちろん、気分の良い日は外に出たりもしていたが、まだ打ち解けて話せる村人もおらず、話し相手も夫一人だったらしい。
そして、彼女が子供を産んだ頃、村に恐ろしい病が広がった。
村人たちが次々に倒れ、血を吐くまで繰り返す嘔吐と、止まることのない水溶便に、体力のない年寄りや子供たちが、まず命を奪われた。
村人たちは途方に暮れ、いつの間にか、こんなことを言いだす村人が現れた。――いや、誰が最初に口にしたのかは判らないが、
「あの女が病を持ちこんだに違いない。その証拠に、悪阻だと言って、ずっと家に閉じ籠ったままじゃないか」
「あの娘は疫病神だ。村の人間に仇をなす魔物の類に違いない」
「村を滅ぼすためにやって来たんだ。早々に退治しないと、村人全員が殺られちまう!」
「殺せ! 呪われた娘を殺してしまえ!」
村人たちは娘の家に押しかけたが、夫である男が裏口から娘を山へと逃がし、
「ここにはいない。もう出て行ってしまった」
その夫の言葉に諦めることもせず、村人たちは娘を追い、逃げる娘は足元への注意を怠り、あの蛇の穴へと落ちてしまった。
動かない娘と、蛇に取り囲まれる姿を見て、村人たちはそれ以上は手出しをせず、それぞれに村へと帰っていった。
翌朝には、もう娘の姿はなく、《蛇様》に丸呑みにされたのだとか、天罰が下されたのだとか、色々な憶測が飛び交った。
「数年して、夫の方も死んでしまって、子供は遠縁の家で育てられたらしいと聞いています……」
紅花の話を聞き終え、デューイは感情移入しやすい性格のまま、
「ひど過ぎる! そんなのただのウイルス感染じゃないか! 大体、妊娠出産するまで、菌が大人しくしてるなんてあり得ない。別の人間が持ち込んだウイルスに決まってるじゃないか!」
といっても、この時代の人々にウイルスなどという言葉は伝わらない。もちろん、そんな理論も通じない。
この時代の、山合いの村で通じることと言えば、祟りだとか、呪いだとか――そんな迷信の類である。
「それが、若飛の母親か……」
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