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十夜 和氏(かし)の璧(へき)

十夜 和氏の璧 11

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「――で、あの蛇がどこにいるか知ってるの?」
「自分の巣穴だろ。あいつと一緒に消えたくせに、知ってるんじゃないのか?」
 どうでもいいように、舜は訊いた。
「追いかけたけど、逃げられたのよ。向こうは実体がないんだから、無理言わないでよ」
 確かに実体のない怨霊となると、臭いも熱も持っておらず、追いかけるのは難しい。
「いつからいるんだ、あいつは?」
「さあ。多分ずっと前じゃないかしら」
「取り憑いた本人を殺さずに、周りの人間を殺しているのか」
「誰かに訊いたの?」
「日記を見ただけだ。この紫禁城内で、四人、全身の骨を砕かれて死んでいる」
 まるで、大蛇にでも絞め上げられたかのように――。
 だが、餌としては少な過ぎるし、殺しただけで飲みこんではいないのだから、食べようとしたわけではないのだろう。
「じゃあ、これから怨霊退治に行くのね」
 わくわくとするような素貞の言葉に、
「まさか。陽が落ちたから遊びに行くんだよ。決まってるだろ」
 ――決まっているのか?
 もちろん、舜の中では決まっている。あのうっとうしい黄帝がいないのだから、この機会に羽を伸ばしておかなくては損である。
 そして、それを傍らで聞いていたデューイは、と言えば、
「い、今、説得しているところだから」
 と、慌てて素貞に言い訳をし、
「舜! 親切に服が乾くまで休ませてもらって、着替えまで貸してもらったのに――」
 と、小声で諌める。
 一応、困っている(?)人間を助けようとしない舜の当たり前でない行動を、他の者に知られないようにしよう、という優しい心遣いのためである。
 だが、もちろん、そんなデューイの思いやりが通じたことは、一度もない。
「怨霊なんてタチの悪いモノを相手にするほどの恩じゃない。『和氏の璧』をやったんだから充分だろ」
「やった、って――。あげた訳じゃ……」
 何しろあれは、デューイが黄帝からもらった、とても大切な――そして、特別な『璧』である。黄帝を神の如く崇拝しているデューイにとっては、手放すなんて、とんでもない。
 無論、舜なら、早々に厄介払いが出来た、と言って、もらってくれた若飛に感謝の言葉を惜しまないだろうが。
「あの『璧』の結界の中には入れないんだから、問題解決で万々歳じゃないか。――それとも、それほどの恩じゃないのか?」
 ここで、彼のことを、ものすごく意地の悪い少年である――などと、思われてはいけない。
 確かに、怨霊退治も『和氏の璧』も、服が乾くまでの休息の代償には、高くつき過ぎるものなのだから――。舜にしてみれば、さっきデューイに言われたことを、そっくりそのまま、今度はデューイにお返しして上げただけのことである。
「さあ、遊ぶぞっ」
 紫禁城にけたたましい悲鳴が響き渡ったのは、まさに舜がそう言って、足を踏み出した時であった。




 紫禁城――。
 その天安門の高みから世の人々を見下ろすと、人は権力という魔物に取り憑かれる。それは、ある意味、どんな魔物よりも恐ろしいものであったかも知れない。
 だが、明の第十六代皇帝、天啓帝は、もっと厄介な魔物に取り憑かれていただろう。
 宦官――魏忠賢ぎちゅうけんという、恐ろしい魔物に……。
 自らを堯天舜徳至聖至神ぎょうてんしゅんとくしせいししんと名乗り、天啓帝に代わって政務を牛耳るこの宦官は、帝の乳母に取りいって、東廠の長官となるほどに狡猾、且つ、魔物じみた人物だったのだ。
「ああっ、知ってる! 自分は堯帝や舜帝と並ぶ聖人だ、って言った宦官だ」
「会ったことがあるのか?」
 そんなはずがない。
 相変わらず、中国の歴史を勉強しない舜に代わって、祖母の国である中国のことを勉強しているデューイの言葉に、大ボケをかます少年である。
「会ったことはないけど、君とは全然違う俗物だよ」
 ――だから、知ってるのかよ!
「――っていうか、オレ、舜帝じゃないし」
 ただの舜である。
 父親の方は、黄帝、と呼ばれているが。


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