華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

文字の大きさ
上 下
238 / 533
十夜 和氏(かし)の璧(へき)

十夜 和氏の璧 10

しおりを挟む


「日が暮れた方が動き易いんだ、こっちは」
「は?」
「い、いやっ、何でもないよ! 服はもう乾いたかな――」
 今も昔も、夜に出歩く者は怪しまれる。
 取り繕うようなデューイの言葉は、『魔物』という言葉も忘れさせてしまうほどに、どこか人間じみていた。――いや、彼の場合、少し前まで確かに人間だったのだが。
 とにかく、服はまだ少し湿った感じがするものの、陽が暮れた室内ではこれ以上のことは期待できず、二人は着なれた自分たちの服に、再び着替えた。
「もう行かれるのですか?」
 若飛が訊くと、
「ああ。執念深そうな奴が這い出して来てるからな」
「は?」
 不思議なことばかりを言う人外の少年である。
 そして、青年の方は、と言えば、
「これ、ちょっと預かっておいてくれるかな」
 と、乳白色のきれいな『璧』を、若飛の手のひらに握らせた。
 ぎょくたぐいなど、そう近くで何度も見たことがある訳ではないが、握らされた『璧』は、美しさもさることながら、何も知らない若飛にも、その価値が見て取れるほど、絶世の光沢に包まれていた。恐らく、国宝級の――城だって買えるほどの代物ではないだろうか。
「だっ、駄目です、こんな高価なもの! 傷つけたりしたら――」
「これを傷つけようとする者は近づけないよ、きっと」
「は……?」
 近づけない――。その言葉に、さっき、ぬめりを帯びた澱のような壁に阻まれ、この部屋に近づけなかった時のことを、何を考えるでもなく、思い出していた。
 ――あれは、もしかして勘違いなどではなく、この二人のしていたことだったのだろうか。
 いや、この『璧』の……。
「……いつまで、お預かりすれば良いのですか?」
 落さないように両の手のひらに包み、若飛は訊いた。
「んー……。朝までには戻るけど、起きて待っている必要はないから」
「いえ、それでは――」
「ぼくからのお願いだ」
「……」
 神の如き人外の青年から、お願いだと言われては、従わない訳にはいかない。
「解りました……」
「さっさとしろよ、デューイ! おいて行くぞ」




 ちょっと前までなら、完璧に置いて行かれていたであろうが、あれやこれやあって、この少年も少しは大人になって来ているのである。
 相変わらず、デューイに対して偉そうなところは変わらないが、それでも、以前のように置いて行ったり、面倒をみるのを嫌がったりはしない。――心の中でどう思っていようと。
「こんなことになるんじゃないかと思ったんだ」
 陽はすでに門の向こうに堕ちていて、部屋から出て歩き始めた二人の周囲は、黄昏の柔らかさに包まれていた。
「でも、彼は普通の人間みたいだけど……」
 若飛のことである。
「どうかな。執念深そうなのがも取り憑いてるんじゃ、あいつもどーだか」
「でも、『和氏の璧』は彼を拒まないし」
「本性が目覚めたら判るもんか」
「そうかなァ……。え? あの、舜、二匹って、あの蛇の他にも、まだいるのか?」
 かなり遅れ、舜のその言葉に気付いたデューイが訊くと、背後から、
「失礼ね。その二匹の内の一匹って、私のことじゃないでしょうね? ――魔物のクセに」
 色の白い、少し生意気そうな少女が口を挟んだ。
 さっきまで若飛と一緒にいた少女、素貞である。
 素貞は言うと、舜とデューイの前に回り込み、
「ふーん、あなたたちにも“あれ”の気配が判るんだ。――魔物同士だから?」
「あれはオレたちとは違って、怨霊だ」
「へェ、自分が魔物なのは認めるんだ」
「人間以外の者が魔物なら、オレもこいつもそうだ」
 ちなみに黄帝は化け物だけど――と、舜は心の中で付け足した。
 この辺りは成長していないらしい。
「私も蛇じゃないわよ。魔物でもないけど――。だから、蛇は一匹」
「どーだか。――蛇でも魔物でもない、か」
 ふふ、と、素貞の口元が、楽しそうに持ち上がった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

竹比古
恋愛
 今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。  男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。  わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。  司は一体、何者なのか。  司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。  失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。  柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。  謎ばかりが増え続ける。  そして、全てが明らかになった時……。  ※以前に他サイトで掲載していたものです。  ※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。  ※表紙画:フリーイラストの加工です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...