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十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 7
しおりを挟む直殿監とは、宦官が職務につく二十四衛門(役所)の一つ――皇極殿を始めとする外廷の宮殿の清掃を行う、最も重く辛い労働を強いられる場所である。
もちろん、宦官たちの務める部署は、この二十四衛門だけではなく、小さな部署まで上げると、無数にある。
貧しい家の子供や、罪人の子供であった者たちが、高い地位に就ける別天地――それが、この紫禁城なのだ。
もっとも、出世できずに生涯、労働者で終わる者の方がずっと多いのも事実なのだが。
「――で、その直殿監って何処なんだよ?」
どうやら、服が乾くまでの時間、大人しく待っているつもりはさらさらないらしく、小窓としか呼べない窓から外を窺い、舜は言った。
「え? さ、さあ、そこまでは……」
いくら中国史に興味があろうと、このだだっ広い紫禁城の内部を、全て記憶しておくなど無理なことである。
簡単な略図程度なら見たことがあるが、実際にこの目で、この時代に見るのは初めてなのだから。
広さも規模もケタ違いで、とても知識の中の図面に収まりきるものではない。
しかも、雨も上がり、陽射しの降り注ぐ中、外に出て歩きまわるのは勘弁してもらいたい。大人しくしているつもりのない舜でさえ、陽に当たらないよう、小窓から外を覗き見るだけに留めているのだから。
そんな時――。
その小窓から、一匹の蛇が、するりと顔を覗かせた。
白鱗に包まれる滑らかな動きと、黒曜石のような神秘的な眼をしている。
舜の鼻先に赤い舌をチロチロと差し出し、様子を窺うように動きを止める――と、あろうことか、そのまま舜の鼻に咬みついた。
「うわあっ!」
これは全く予期しないことである。
何しろ舜は、あらゆる動物と相性の良い一族なのだ。――いや、相手が神聖な白蛇ともなれば、血を糧とする舜の一族は、禍々しいもの、と見られても不思議ではないが。
「うわあああっ! 舜が蛇に咬まれた! 蛇が舜を咬んだああっ! 早く毒を抜かないと、舜が――っ! 血清がああっ!」
と、当人以上に慌てているのは、言わずと知れたデューイである。
もともと蛇が嫌いなのか(いや、好きな人間は少ないだろう)、イコール、恐ろしい冷血動物というイメージが焼きついているらしい。
咬まれた当人である舜の方は……。
「……毒蛇じゃないと思うけど、こいつ」
と、いきなり咬まれたことには驚いたものの、すでに冷静に戻ってそう言った。
蛇は、小窓から離れた舜と共に、部屋の中に落下している。
そして、蛇に咬まれた舜の傷は、すぐに癒えて、消えてしまった。
傷がすぐに癒えるのも、親たる黄帝から受け継いだ体質のお陰である。
その舜の様子を知ってか知らずか、白蛇は勝手知ったる部屋を歩きまわるように、すぐに姿を消してしまった。
「結局、何をしに来たんだ、あいつ……?」
舜の呟きも、ひと咬みだけで行ってしまった白蛇には、もう聞こえてはいなかっただろう。
もちろん、失神寸前に騒ぎまくっていたデューイにも……。
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