235 / 533
十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 7
しおりを挟む直殿監とは、宦官が職務につく二十四衛門(役所)の一つ――皇極殿を始めとする外廷の宮殿の清掃を行う、最も重く辛い労働を強いられる場所である。
もちろん、宦官たちの務める部署は、この二十四衛門だけではなく、小さな部署まで上げると、無数にある。
貧しい家の子供や、罪人の子供であった者たちが、高い地位に就ける別天地――それが、この紫禁城なのだ。
もっとも、出世できずに生涯、労働者で終わる者の方がずっと多いのも事実なのだが。
「――で、その直殿監って何処なんだよ?」
どうやら、服が乾くまでの時間、大人しく待っているつもりはさらさらないらしく、小窓としか呼べない窓から外を窺い、舜は言った。
「え? さ、さあ、そこまでは……」
いくら中国史に興味があろうと、このだだっ広い紫禁城の内部を、全て記憶しておくなど無理なことである。
簡単な略図程度なら見たことがあるが、実際にこの目で、この時代に見るのは初めてなのだから。
広さも規模もケタ違いで、とても知識の中の図面に収まりきるものではない。
しかも、雨も上がり、陽射しの降り注ぐ中、外に出て歩きまわるのは勘弁してもらいたい。大人しくしているつもりのない舜でさえ、陽に当たらないよう、小窓から外を覗き見るだけに留めているのだから。
そんな時――。
その小窓から、一匹の蛇が、するりと顔を覗かせた。
白鱗に包まれる滑らかな動きと、黒曜石のような神秘的な眼をしている。
舜の鼻先に赤い舌をチロチロと差し出し、様子を窺うように動きを止める――と、あろうことか、そのまま舜の鼻に咬みついた。
「うわあっ!」
これは全く予期しないことである。
何しろ舜は、あらゆる動物と相性の良い一族なのだ。――いや、相手が神聖な白蛇ともなれば、血を糧とする舜の一族は、禍々しいもの、と見られても不思議ではないが。
「うわあああっ! 舜が蛇に咬まれた! 蛇が舜を咬んだああっ! 早く毒を抜かないと、舜が――っ! 血清がああっ!」
と、当人以上に慌てているのは、言わずと知れたデューイである。
もともと蛇が嫌いなのか(いや、好きな人間は少ないだろう)、イコール、恐ろしい冷血動物というイメージが焼きついているらしい。
咬まれた当人である舜の方は……。
「……毒蛇じゃないと思うけど、こいつ」
と、いきなり咬まれたことには驚いたものの、すでに冷静に戻ってそう言った。
蛇は、小窓から離れた舜と共に、部屋の中に落下している。
そして、蛇に咬まれた舜の傷は、すぐに癒えて、消えてしまった。
傷がすぐに癒えるのも、親たる黄帝から受け継いだ体質のお陰である。
その舜の様子を知ってか知らずか、白蛇は勝手知ったる部屋を歩きまわるように、すぐに姿を消してしまった。
「結局、何をしに来たんだ、あいつ……?」
舜の呟きも、ひと咬みだけで行ってしまった白蛇には、もう聞こえてはいなかっただろう。
もちろん、失神寸前に騒ぎまくっていたデューイにも……。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました
竹比古
恋愛
今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。
男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。
わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。
司は一体、何者なのか。
司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。
失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。
柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。
謎ばかりが増え続ける。
そして、全てが明らかになった時……。
※以前に他サイトで掲載していたものです。
※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる