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十夜 和氏(かし)の璧(へき)

十夜 和氏の璧 6

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「わたしは、劉若飛リウルオフェイと申します」
 少年は言った。
「僕はデューイ・マクレー。――彼は、舜。神様じゃないことだけは確かだよ」
 何しろ、吸血鬼なのだから――。いや、彼らのことをよく知るものなら、そんな陳腐な呼び方はしないだろう。
 死に切れない不遇な人々――それが、彼らを表現するのに、もっとも相応しい言葉である。――そう。不死ではなく、死に切れないのだ。
 気が狂うほどの永き時を、喉の渇きと、体中を駆け抜ける悪寒に苛まれながら、死ぬことも出来ずに生き続ける。そんな哀しい一族なのだ。
「そ、そうなのですか……?」
 神様でないなら、何なんだ、と訊きたそうだが、そこは訊けるような性格ではないらしく、
「あ、あの……実は、わたしは、この後、職務が……」
 と、言い出しにくそうに、切り出した。
「職務? まだ子供のくせに、なんか偉そうだな」
 この舜の言葉を、デューイが慌てて遮ったことは言うまでもない。
「ご、ごめん! 行ってくれていいよ。こっちも服が乾いたら、着替えて勝手に出て行くからっ」
 何とも気苦労の多い青年である。
「い、いえ、好きなだけいていただければ――。わたしは直殿監ちょくでんかんに務めておりますので、何か不便がありましたら、お訪ねください」
 そう言って、若飛ルオフェイは頭を下げ、急ぎ足で部屋を出て行ったのだった。
 後に残された舜とデューイは、といえば……。
「直殿監……。宦官なのか、あの子は……?」
「宦官?」
 デューイの呟きを耳に止め、舜は耳慣れない言葉に眉を寄せた。
 何故、中国生まれの舜が、故国のことをアメリカ人青年に訊くのか、といえば……それは、中国の歴史に興味があるかないかの違いである、としか言いようがない。
 アジアの血が混じるクォーターであるデューイは、中国に興味を持ち、上海に訪れていた時に、初めて舜と出会ったのだ。それからの付き合いである。
 そして、宦官――。
 それは、宮廷に奉仕する、去勢された男のことを云う。
 そのために声も太くはならないし、ひげも生えない。
「去勢って……取るのか?」
「まあ……。出世のためや――ほとんどが貧しさのためだろうけど」
 紫禁城の西門にあたる西華門を出たところにある廠子チャンツと呼ばれる建物――いや、小屋と言った方がいいか――が手術場で、そこにいる政府公認の刀子匠タオツチャン(執刀人)たちが、その手術を施している。
 自宮(自ら宦官になりに来るもの)は貧しいものが多く、宮廷で働き、出世をして家族にいい暮らしをさせることを夢見て、ここへ来るのだ。
 当然、銀六両(三万円)などという手術代が払えるはずもなく、後で働いて返すことになる。
後悔不後悔ホウフイプホウフイ(後悔しないか)?」
 その言葉で、手術は始まる。
 宦官希望者は、下腹部と股の上部を固く縛られ、熱い胡椒湯で性器と陰嚢を入念に洗われ、カン(温床)に半臥の姿勢で座らされる。そして、その腰と足を助手たちが押さえ、後はモノを切り落されるだけである。
「麻酔は?」
 そんなものがあるはずもない。――いや、阿片を使うところもあるらしいが、ここで使われたという記述はない。
「時代が違うんだから」
「……」
 舜も以前、腕を切り落されたことがあるが、その時のことを思い出すと、宦官希望者たちが受ける痛みは、想像するまでもなく、容易に知り得た。
 性器と陰嚢の両方を切り落された宦官希望者は、尿道が塞がってしまいないように白鑞の針を挿し込まれ、傷口は冷水に浸した紙で覆われる。
 術後、三日間は水を飲むことも許されず、喉の渇きと傷の痛みにのた打ち回り、三日後、やっと針が抜かれた時は、我慢させられていた尿がほとばしるらしい。
 これで、全て終わりである。
 冷水ではなく、熱した菜種油を注いで傷口を塞ぐ処もあるそうだから、どちらにしても、かなりの覚悟なくして出来ることではない。
 傷が言えるまでには三ヶ月以上かかるが、その後、王府で宦官の職務を習い、一年後に新たな職に就くのである。
「なんか……」
 それ以上の言葉が出て来なかったのも、無理のないことであっただろう。
 自分よりも幼い年の少年が、家族を養うために、そんな思いをしてこの宮廷に仕えているなど――。


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