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十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 3
しおりを挟むそして、黄帝の話は続いた。
春秋時代、楚の国、厲王の時代、下和という人物が、山で見つけた玉を含む石を厲王に献上するのだが、ただの石にしか見えないそれは、王の怒りをかって、下和はその罪により『げつの刑(足斬)』を受け、左足を斬りおとされてしまう。
そして、武王の時代、下和はまたその石を名玉として武王に献上するのだが、前回と同じく、価値のない石ころとの扱いを受け、今度は右足をも斬りおとされてしまう。
それから時は流れ、文王の時代、荊山の麓で石を抱いて泣く下和の話が噂になり、文王は家来に命じて玉工に石を磨かせ、その結果に驚くのである。
石は、世にも稀なる宝玉であり、璧に加工され、王家の家宝とされたのだ。
「――真実を訴える者には危険が付きまとい、その真実が認められるには、それ以上の困難が待ち受けているという、『和氏の璧』の話です」
黄帝は、珍しく簡潔にまとめた話で、一息つくように肩をほぐした。
舜は、といえば、
「ん……、あふ……。終わった……?」
と、眠い目をこすりながら、この一週間の黄帝の話に顔を上げた。
間違いなく、途中からは寝ていたのである。それに気付いているのかいないのか、怒りも見せずに黄帝は、
「いいえ、この話にはまだ続きがあって、それから約四〇〇年後のことになるのですが――」
「あー、えーと、お父様」
舜は慌ててそれを遮り、
「そ、それより、デューイはどうしてるのかなぁ? もう一週間だし、おなかが空いてるんじゃないかと思うんだけど」
普段は気遣ってやったことなどない青年の話を持ち出して、年寄りの長話から脱出する。
「ああ、そうでしたね。危うく大切なお客様に失礼をしてしまうところでした」
黄帝がそう言って、デューイを大切に扱うのには、もちろんそれなりの理由があるのだ。 その理由とは、ほぼ舜の責任によるところが大きいのだが、舜には負いきれる責任ではないために、父親である黄帝が、尻拭いをしている、という訳である。
そして、その理由とは――。
「おや、デューイさん、ずっとそこにいらしたのですか」
舜の部屋を出て、扉のすぐ脇に立つデューイを見て、黄帝が言った。
見れば、そこには、軽くウェーブのかかった栗色の髪を肩まで伸ばす、アメリカ人青年が立っていた。人の良さそうな面貌も、琥珀色の優しげな瞳も、人の知るところの美で整えられている。
舜や黄帝の神秘的な容貌とは、根本的な所で違っているのだ。
だが、彼も、舜や黄帝と同じ一族となり、その体質や嗜好は、明らかに人間であったころとは変わっている。この一週間、何も食べてはいないのに、こうして餓えもせずに立っていられることにしても……。
「あ、いえ――。舜から、すぐに終わると聞いていたので……」
確かに、永遠に近い生命を持つ彼らには、一週間も刹那の時と変わらないのかも知れない。
「それはすみませんでしたねぇ。舜くんが、すぐに終わる方法よりも、時間のかかる話の方がいいというものですから」
――また、オレのせいかよ。
舜は、聞こえてくる厭味に、むっつりとした。
だが、時間のかかる話を選択したのは、間違いなく舜であり、一ヶ月前に、デューイに、黄帝との話はすぐに済むものだ、と伝えたのも舜である。
もの凄く釈然としないが、何故か黄帝の言うことは間違っていないから、結局、何も言い返せない。
そんな訳で、取り敢えず、一週間ぶりの食事をすることにしたわけである……。
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