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七夜 空桑(くうそう)の実
七夜 空桑の実 23
しおりを挟む「ほう。おとなしくしていれば、まだ長生きが出来たものを」
黒帝が、唇の端を、ニヤリ、と歪めた。
「我らの望みが、長生きだとでも思っているのか、黒帝よ!」
ゴオオオオ――っと、炎帝の炎が、うねりを上げた。
刹那、黒帝が高く、飛翔する。
「逃がしはせぬ!」
凄まじい火柱が、空を突いた。
だが――。
「効かぬわ!」
黒帝は、その炎を片手で、受け止めた。
「な……っ」
ここまで、あの毒の血の影響が、出ているのだ。
炎帝の力は、すでに半分以下に落ち、体も、遠くない昏睡の時を、告げている。動き回っているために、毒の回りが速いのだ。
「炎帝様――」
「出るな、貴妃!」
その声に、黒帝の視線が、虚空に向いた。
闇の中から、稀代の美姫が、姿を見せる。
「まずは、一人だ」
ヒュン、と漆黒の鱗鎖が、貴妃へと飛んだ。
「ギャアアア――っ!」
腹を内臓まで引き裂かれた貴妃が、朱色の霧を噴いて、床に落ちる。
「貴妃!」
「女の悲鳴というのは、いつ聴いても、心地よい」
再び鱗鎖が、貴妃を襲った。
貴妃の心臓めがけて空を切り、血を求めて彷徨う蛇のように、喰らいつく。
炎帝の双眸が、赤光を放った。
「私が女の命を惜しむとでも思ったか、黒帝よ!」
ゴオオオオ――っ、と紅蓮の炎が、矢の如く走った。
黒帝の心臓を狙って、朱線が、翔る。
黒帝が、ハッ、と気がついたように、視線を戻した。そして、瞬時に身を翻す。
炎矢が、その脇と腕を、掠めて抜けた。
「外したか!」
炎帝が言った刹那であった。
パァ、と白い閃光が、背後から飛んだ。
「何――!」
炎矢から身を翻したばかりの黒帝が、その閃光に気づいて、目を瞠る。
閃光の先には、舜が左手を翳して、立っていた。
「どっちに翻ってくれるか解んなかったけど、鎖を持ってない左側に翻るんじゃないかな、と思ってだんだ。――死ね!」
「ぐあああっ!」
閃光を喰らった黒帝の体が、その勢いに押されて、吹き飛んだ。
気功――受けた者の身を、その内側から凍りつかせて行く、魔氷の気功である。
舜は、渾身の力を込めて、それを放ち、床の上に、膝をついた。
もう体内の血も、ほとんど残っていない状態なのだ。しかも、右手は肘から失くし、激しい痛みを送っている。
あと、舜に出来ること、といえば、荒い呼吸を繰り返すだけのことであった。
その舜の傍らに、炎帝が、立った。
「考えのない子供よのう。おまえごときの氷気が、黒帝に通用するとでも思っていたか? たとえ、力を使い果たすほどの気を放っても――。自分のしたことの結果を教えてやろう。動けぬ者は、やられるだけだ」
と、舜の胸倉を、つかみ取る。
あっと思う間も、舜にはなかった。気がついた時には、炎帝の一撃を鳩尾に喰らい、向こうの壁まで、吹き飛ばされていた。
「ぐぅ……っ!」
ダン、と激しく背中を打付け、舜は、声を上げることも、出来なかった。
「おまえは、黒帝を片付けた後で、殺してやる。二度とチョロチョロと動き回るな」
何だよ……と、舜は呟いたが、それも声には、ならなかった。
骨が数箇所折れている、ということもあったが、それは、今までと同じように、すぐに治った。
炎帝は、舜が回復できる範囲の力でしか、殴っていないのだ。
一度目も、二度目も、今回も――。
舜の体に残っているのは、黒帝に負わされた傷だけ、である。
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