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七夜 空桑(くうそう)の実
七夜 空桑の実 12
しおりを挟む「さて。そろそろ《聚首歓宴の盃》を渡してもらおうか。本物なら、すぐに楽にしてやる。偽物なら、もう一度取りに戻ってもらうことになるが」
と、舜の前へと、足を踏み出す。
舜はもちろん、杭を抜くのに、手一杯である。
炎帝の手が、舜へと伸びた。
舜の双眸が赤く閃いたのは、その時であった。
唇からは、美しく鋭い乱杭歯が突き出し、その神秘的な面貌を、際立てている。まさしく、『夜の一族』の姿であった。
限りなく美しく、限りなく冷酷な――。
デューイもその変化に、茫と頬を染めて、魅入っていた。
ぐああああ――っ、という凄まじい声と共に、舜の胸に突き立つ杭が、抜けた。
だが、炎帝の手が、舜の腕をつかみ取ったのも、その時であった。
「あ、つかまっちゃった」
は、舜の言葉である。
この少年、慌てているのか、惚けているのか、判らない。まあ、あの青年の息子なのだから、何か考えがあるのかも知れないが――。いや、この少年の場合、期待してはいけない。何しろ、じっくり考えることが嫌いな子供、なのだから。
少しは成長してくれていればいいのだが……多くは望まないことにしよう。
「舜――」
デューイが、その危機を見て――当人はどうあれ、一応、危機である――を見て、直ぐさま足を、踏み出した。が、
「あ……」
と、炎帝の一睨みに、体の動きを封じられた。
赤光を放つ双眸の力、である。
デューイの体は、石のように、動かなくなっていた。
「あのー、ものは相談なんだけど」
「聞けぬな」
「ケチ」
これが、殺し合いをしている敵同士の会話だ、というのだから、長き生命を持つ一族の考え方は、解らない。
無論、彼らの考え方が、わずか数十年の命しか持たない人間に、解るはずもないのだが。
炎帝は、舜の両手を、片手の一握りで封じたまま、服の中を探っている。
「あーっ、やめろったら! まず、オレの話を聞けよっ。話し合いで片付くことだってあるんだぞ!」
うーん、確かにそれは、間違ってはいないのだが、今の状況に合った言葉であるとは、言い難い。
「相変わらず、殺す前に遊んでやりたくなる子供だ」
炎帝が言った。
「オレ、やだ。――さっさと手を放せよ! 男のモノを握った手で、オレに触るなったらっ」
そういう次元の問題ではないと思えるのだが……この少年、本当に人格が掴めない。
「ほう」
と、炎帝が、声を上げた。
その手の中には、塗りの剥げた、古い盃が乗っている。
「ああっ! 返せよっ。それ取られたら、オレ、黄帝にすごく馬鹿にされるんだぞ!」
今のままでも、充分、馬鹿にされていると思う。が、舜はそうは思っていないようで、悪言の限りを、浴びせている。
「……黄帝の封印がかけてあるところを見ると、本物のようだが――。確かめてみなくてはなるまい」
炎帝がそう言った刹那、ゴオ、っと朱い炎が、盃を包んだ。
「あちちっ。この馬鹿! 火傷するじゃないかっ。もっと遠くでやれよっ」
この舜の言葉は、無視してしまおう。
炎帝の炎は、如何なる結界や封印でさえも、焼き尽くしてしまう力があるのだ。
そして――。
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