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六夜 鵲(チュエ)の橋
六夜 鵲の橋 29
しおりを挟むピシ、っと堅い音を立て、巣の中のたまごに、亀裂が走った。
たまごの中から、風が吹き出す。
「天帝様……」
それは、鵲の呟きであった……。
気がついた時、舜は、チャイナ・タウンの地下通路に、横たわっていた。
やけに体が重い、と感じたのは、デューイの腕が、舜を守るように、胸の上に乗っていたからであった。
「こいつ……」
舜は、その腕を取り、
「オレに触るなっ、って言っただろ!」
と、デューイの耳元で、怒鳴りつけた。
「うわああっ!」
と、デューイが驚いたように、跳ね起きる。
「――ったく、安心して気絶も出来やしない」
「え? あ、あの、ぼく、何か――」
「ほら、行くぞ」
と、舜は、素っ気なく言って、立ち上がった。
「……こいつだけは、何があっても変わらないだろうな」
と、ぽつり、と呟く。
「舜?」
詳しいことを話すのは、車に戻ってからになった。
小鋭が、車の管理をしてくれていたので、傷をつけられることもなく、無事である。
「――それで、黄帝様が、連れ出してくださる、っておっしゃったんだけど、君を置いて行けないし、君を連れ出すには、橋を架けなきゃいけないし……それで、ずっと考えてて……」
デューイは言った。
「――で、どんな結論に達したんだよ?」
「あ、その……来年の七月七日に君に逢った時、相談してみようと……」
「……オレ、もうこいつと話をするの、やだ」
まあ、世の中には、これくらいのんびりとした青年も、必要なのだろうが。
舜は、重い頭を抱えていた。
「本当は……」
と、デューイが言った。
「本当は、橋を架けようと思っていた」
「え?」
「多分、君から見れば間違ってるだろうけど……それしか方法がないのなら」
「……」
間違っていると解っていても、人は、その道へ進んでしまうことが有り得るのだ。
天帝のように、織女のように――。
そして、誰がそれを咎めることが出来た、というのだろうか。
思いの深さ所以に、彼らが犯してしまった、その過ちを――。
咎めるには哀しすぎて、辛すぎて、たとえ間違っていても、そうさせてやりたい、と思うのではないのか。
「……まあ、間違いを犯さない人間なんて、いないよな」
舜は言った。
「え……?」
二人の前には、ロシアン・ヒルに聳える、デューイの屋敷が、あった。
もう、家族がフィンランドから戻って来ているのか、窓の明かりに、賑やかな影が、踊っている。
「ほら、前を見て運転しろよ。家を通り過ぎるだろ」
「え、あ、ああ」
「さあてと、鏡、鏡。挨拶の時は、きちんとしとかないとな」
「あの、舜、吸血鬼は鏡に映らないんじゃ……」
「うるさいな。気分の問題だよ、気分の」
結局、あの異空間がどこに存在していたのかも、あの後、あの異空間がどうなってしまったのかも、舜には解らないことであった。
ただ、連れ去られていた少年たちが無事に戻り、舜が、小鋭から、たくさんの礼をもらったことは、確かだった。
「オレ……もう、彼所に戻る必要、ないよな?」
「間違ってはいないのだ、そなたの定めし道は、我が知り人の子よ……」
《遥かなる時を経て、全てが変わろうとする時、新たなる帝王が現れ、正しき道を定めるであろう……。黄帝》
了
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