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六夜 鵲(チュエ)の橋
六夜 鵲の橋 23
しおりを挟む「どうして力など……」
小鋭は、七人の老師たちを前に、全てを聞いて、項垂れた。
尊敬して来た老師たちが、人よりも強い力を持ちたいがために、鵲に少年たちを差し出していた、というのだ。それ以上のやり切れなさが、あったであろうか。
「……今はまだ若さに満ち溢れているそなたには、解るまい」
「そんな言葉でお逃げになるのですか?」
「……」
「黄帝様にも、助けを求めてはくださらなかったのですね? 私には、声が届かなかった、と言っておきながら」
「……ああ。――だが、そなたの養子を攫ったのは、我々ではない、あれは、向こう側の鵲が――」
「静は――。私は、静を愛しているのです……」
「小鋭?」
「そんな私の心も判らなかった、とおっしゃるのですか? いつも私たちのことを、何よりも先に考えていてくださった、あなた方が?」
小鋭の言葉に、老師たちの面が、寂しげに、変わった。
「……判らなくなっておったのじゃよ、わしらには」
「お恨み申し上げます、大哥、哥哥方――。もし、静が生きて戻ることがなければ、私は、あなた方の身も道連れに、彼の世へ行くことを選ぶでしょう」
もうどれくらい、こうしているのだろうか。
デューイには、時間の感覚も、朝夕の時の流れさえも、判らないものとなっていた。
目の前には、きらきらと輝く、砂の河が、ある。
岸辺は、星雲のような美しい灯りに包まれ、辺りは、紺黒の果てしない色に、覆われている。
鵲の話では、河の向こう側には、舜のいる別の空間が、あるらしい。
だが、河は、デューイが渡ろうとしても、まるで、その邪魔をするように大きくうねり、決して、通してはくれないのだ。
もちろん、無理に渡ろうとも、した。河が静かになった時も、あったのだ。
だが、それも無駄に終わった。いくら泳いでも対岸は近づかず、吸血鬼として、普通の人間とは遠く掛け離れた体力を持つデューイでさえ、向こう岸まで泳ぎ着くことが出来なかったのだ。
「舜……」
デューイは、じっと向こう岸を見つめて、呟いた。
不安があった訳では、ない。舜なら、黄帝の残した予言の通り、正しき道を定めてくれるであろう、と信じていた。
だが、それがいつのことなのかまでは、判らない。それまで、一年に一度は逢えても、ここから抜け出せないのだとしたら……。
「まさか」
デューイは、その自分の考えに、首を振った。
舜が、そんなに長く山に戻らなければ、父親たる黄帝が心配して、すぐに今の事態に気づいて、助けに来てくれるはずなのだ。少なくとも、デューイはそう信じていた。
舜に言わせてみれば、あの極悪非道の冷血漢が、そんなことをするはずがない、ということになっただろうが。
「大丈夫ですよね、黄帝様?」
「さあ、どうでしょうか」
その声は、突然、耳に届いた。
もちろん、デューイは、驚かなかった。
黄帝がここに来てくれても、何の不思議もないのだから。そして、黄帝なら、どんなに離れていても、息子の身に何が起こっているか、知っていて当然である。
美しい星雲の岸辺には、それ以上に美しい青年が、立っていた。
年の頃を言うなら、二七、八歳であろうか。もちろん、それが、その青年の実際の年齢であるはずも、ない。この世が天と地に分かたれた太初から存在していた、と言われたところで、不思議ではない人物なのだ。
足首まで届きそうな長い銀髪も――ちなみに、舜は、白髪と呼ぶ――そして、それが正しいらしい――が、デューイには銀髪としか見えないその髪も、神秘的な夜の射干玉の瞳も、全てが人ならざるものとして、整っている。
いつの時代のものなのかも判らない灰青色の衣も、極上の緑色の組み紐を絡ませた帯も、首にかける、蹲る蛟を連ねた珠飾りも、決して、その青年の美しさに勝るものではなかっただろう。
そして、彼を見たものなら、こう思うに違いない。
彼は、月の神であるのだ、と。
人の世に、これほどまでに美しい造形が、あるはずはない、と。
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