華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

文字の大きさ
上 下
161 / 533
六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 23

しおりを挟む


「どうして力など……」
 小鋭は、七人の老師たちを前に、全てを聞いて、項垂れた。
 尊敬して来た老師たちが、人よりも強い力を持ちたいがために、鵲に少年たちを差し出していた、というのだ。それ以上のやり切れなさが、あったであろうか。
「……今はまだ若さに満ち溢れているそなたには、解るまい」
「そんな言葉でお逃げになるのですか?」
「……」
「黄帝様にも、助けを求めてはくださらなかったのですね? 私には、声が届かなかった、と言っておきながら」
「……ああ。――だが、そなたの養子を攫ったのは、我々ではない、あれは、向こう側の鵲が――」
「静は――。私は、静を愛しているのです……」
「小鋭?」
「そんな私の心も判らなかった、とおっしゃるのですか? いつも私たちのことを、何よりも先に考えていてくださった、あなた方が?」
 小鋭の言葉に、老師たちの面が、寂しげに、変わった。
「……判らなくなっておったのじゃよ、わしらには」
「お恨み申し上げます、大哥、哥哥方――。もし、静が生きて戻ることがなければ、私は、あなた方の身も道連れに、彼の世へ行くことを選ぶでしょう」



 もうどれくらい、こうしているのだろうか。
 デューイには、時間の感覚も、朝夕の時の流れさえも、判らないものとなっていた。
 目の前には、きらきらと輝く、砂の河が、ある。
 岸辺は、星雲のような美しい灯りに包まれ、辺りは、紺黒の果てしない色に、覆われている。
 鵲の話では、河の向こう側には、舜のいる別の空間が、あるらしい。
 だが、河は、デューイが渡ろうとしても、まるで、その邪魔をするように大きくうねり、決して、通してはくれないのだ。
 もちろん、無理に渡ろうとも、した。河が静かになった時も、あったのだ。
 だが、それも無駄に終わった。いくら泳いでも対岸は近づかず、吸血鬼として、普通の人間とは遠く掛け離れた体力を持つデューイでさえ、向こう岸まで泳ぎ着くことが出来なかったのだ。
「舜……」
 デューイは、じっと向こう岸を見つめて、呟いた。
 不安があった訳では、ない。舜なら、黄帝の残した予言の通り、正しき道を定めてくれるであろう、と信じていた。
 だが、それがいつのことなのかまでは、判らない。それまで、一年に一度は逢えても、ここから抜け出せないのだとしたら……。
「まさか」
 デューイは、その自分の考えに、首を振った。
 舜が、そんなに長く山に戻らなければ、父親たる黄帝が心配して、すぐに今の事態に気づいて、助けに来てくれるはずなのだ。少なくとも、デューイはそう信じていた。
 舜に言わせてみれば、あの極悪非道の冷血漢が、そんなことをするはずがない、ということになっただろうが。
「大丈夫ですよね、黄帝様?」
「さあ、どうでしょうか」
 その声は、突然、耳に届いた。
 もちろん、デューイは、驚かなかった。
 黄帝がここに来てくれても、何の不思議もないのだから。そして、黄帝なら、どんなに離れていても、息子の身に何が起こっているか、知っていて当然である。
 美しい星雲の岸辺には、それ以上に美しい青年が、立っていた。
 年の頃を言うなら、二七、八歳であろうか。もちろん、それが、その青年の実際の年齢であるはずも、ない。この世が天と地に分かたれた太初から存在していた、と言われたところで、不思議ではない人物なのだ。
 足首まで届きそうな長い銀髪も――ちなみに、舜は、白髪と呼ぶ――そして、それが正しいらしい――が、デューイには銀髪としか見えないその髪も、神秘的な夜の射干玉の瞳も、全てが人ならざるものとして、整っている。
 いつの時代のものなのかも判らない灰青色の衣も、極上の緑色の組み紐を絡ませた帯も、首にかける、蹲るみずちを連ねた珠飾りも、決して、その青年の美しさに勝るものではなかっただろう。
 そして、彼を見たものなら、こう思うに違いない。
 彼は、月の神であるのだ、と。
 人の世に、これほどまでに美しい造形が、あるはずはない、と。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

竹比古
恋愛
 今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。  男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。  わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。  司は一体、何者なのか。  司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。  失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。  柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。  謎ばかりが増え続ける。  そして、全てが明らかになった時……。  ※以前に他サイトで掲載していたものです。  ※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。  ※表紙画:フリーイラストの加工です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...