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六夜 鵲(チュエ)の橋
六夜 鵲の橋 9
しおりを挟む小鋭の話によると、こうであった。
夏の風が吹き始めた頃、一人の少年が、姿を消した。
最初は、誘拐ではないか、とか、何かの事件に巻き込まれたのではないか、と、家族はもちろん、親類、血族総出で捜し回ったのだが、結局、その少年は見つからず、また、その少年らしき死体も上がらず、そうこうする内に、また、別の少年が消えた、という。
消えて行く少年の数は、どんどん増え、ついに、小鋭を頼って本土から出て来た遠縁の少年、静まで姿を消してしまった、と。
「でも、それなら警察に届けるのが――」
「消えたのは、皆、不法入国者や、不法滞在者ばかりなのです。静も、密航という手段で、この国に渡り、チャイナ・タウンで暮らしていた子供で――。一緒に本土を出た母親が、船の上で死んでしまったため、あの子が頼れるのは、この私しかいないのです。そういう事情の子供たちばかりが消えているので、当局に届ける訳にも行かず、私たちも、外の人間を信用してはいないため、自分たちの力で捜し出そうと……」
多民族国家、アメリカとはいえ、人々は、まるで線でも引いてあるかのように、その人種ごとに寄り集まり、決して混じり合うことなく、独自の生活を営んでいるのだ。
チャイナ・タウン、リトル・イタリー、リトル・トーキョー……それぞれが別の国家として、機能している。
特に、華僑は、地縁、血縁の繋がりが深いため、他人を信用しない、と言われている。
「あの、ぼくもアメリカ人で……」
申し訳なさそうに、そして、戸惑いも含めて、デューイは言った。
「もちろん、存じています」
小鋭は言い、
「私は、大哥や哥哥方の意志に背き、同族の者以外の力を借りることにしたのです。もう事は、チャイナ・タウンの中だけでは片付かないほど、大きくなっているのですから……」
「というと、チャイナ・タウン以外でも、少年が?」
「身寄りのない少年、親族が警察へ届けることが出来ない少年は、この国には数多く存在しています。――あなたのお連れの方も、そういう少年ではないのですか?」
「え?」
「あの少年が消えたことを、あなたは警察にお届けになりますか?」
「それは……」
デューイは、返答を、ためらった。
届けることが、出来ない、のだ。何しろ、舜が持っているパスポートは偽造品で――もちろん、バレるような代物ではないが――警察が動き出せば、色々と応えられないことも、出て来る。
本土でも、舜の存在は認められておらず、山奥でひっそりと暮らしているのだから。
「向こうは、そういう少年ばかりを狙っているのです」
「向こう? 舜を――少年を攫っている相手を、ご存じなのですか?」
デューイは、小鋭の言葉に、顔を上げた。
「いえ……。ただ、少年が消えた場所には、必ずと言っていいほど、残されているものがあるのです」
そう言って、小鋭は、キョロキョロと辺りを、見回した。
やがて、それを目に止めたのか、数歩歩き、その『落とし物』を拾いあげた。
「……羽根?」
デューイは、その黒く長い羽根を見て、眉を寄せた。
「ええ」
小鋭が、上着の内ポケットから、同じ鳥のものであろうと思える羽根を取り出し、
「これが、静の消えた場所に落ちていた羽根です。そして、今拾ったのが、あなたのお連れの少年が消えた場所に残っていた、羽根――。どちらも、鵲の尾羽です」
「チュエ……?」
そう言われたところで、デューイには、その鳥の姿も、浮かび上がっては来ない。
小鋭の説明によると、鵲とは、カラス科の鳥で、頭と背は黒く、腹は白く、黒く長い尾羽を持っている、という。
「どうして、そんな鳥の羽根が……」
「私もそれが知りたいのです」
そう言ったものの、小鋭には、何やら見当がついているような様子でも、あった。
もちろん、鈍感なデューイは、そんな小鋭の様子になど、気づきもしなかったのだが。
「あなたの御力で、それを知ることは出来ませんか?」
「え?」
「先程の見事な催眠術を拝見した時、さぞ名のある術師であろうと、直感いたしました」
この男の直感というのも、当てにならない。
第一、デューイは術師でもなんでもないのだ。ちょっと、吸血鬼に咬まれてしまったために、そういうことが出来るようになってしまっただけで。
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