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六夜 鵲(チュエ)の橋
六夜 鵲の橋 7
しおりを挟む派手で品のないネオンに誘われるまま、店に入り、途端に無口になってしまったのは、舜であった。
初めて目にする淫靡な夜に、もう完全に呑まれてしまっている。
普段、偉そうにしていても、子供は子供、なのである。一応、筆おろしは済んでいるものの、経験豊富、とは言い難い。何しろ、あんな山奥で、父親と二人――今はデューイも入れて三人で暮らしていたのだから、女の子と口を利く機会も、あまりなかったのだ。
その舜が店に入って、いきなり見た女といえば――。
「おい、いくつだい、坊や?」
ヌッ、と横から、毛むくじゃらの顔が、視界を塞いだ。
これは、間違っても、女ではない。芝刈り機で、すっきりとさせてやりたいほどの剛毛も、お湯で油抜きと灰汁抜きをしてやりたいほどの面貌も、生理的嫌悪を感じずには、いられない。
「あ、いえっ、何でもないんです――っ」
何が何でもないんだか、そんな訳の解らない言葉を返して、舜の手を引っ張ったのは、言わずと知れた、デューイである。
「ほらっ、舜、もう行こう」
と、ポカン、としている舜を引きずって、店を出る。
からかうような笑いと酒臭さが、背中に届いたが、それを気にせず、ドアを閉じる。
酒臭さはすぐに、消え失せた。
その代わりに、といっていいかどうかは判らないが、目の前には、アジア人らしい、一人の男が立っていた。見るからに骨格がよく、鍛えられた肉体を持つ、男である。
もちろん、デューイは、緊張した。
アジア人、というだけでも怖いのに、それが屈強な男、となると、なおさらである。
チャイニーズ・マフィア、ジャパニーズ・マフィア、カンフー、カラテ、サムライ、カタナ……ぐるぐると、恐ろしい言葉が、脳裏を過る。
もちろん、今のデューイは強いのだから、怖がる必要もなさそうに思えるのだが……これも、性格というものであろう。
「あ、あの、ぼくたち、もう出ますから、どうぞっ」
と、また訳の解らない――トイレの順番を譲るようなことを言って、脇へ退く。
だが、その男は、通りの方へと視線を向け、
「あの車は君のだろう? 悪ガキどもが、さっきから目の色変えて、車の周りを取り囲んでいる」
「え――」
視線の先には、確かに、デューイの大切なポルシェと、針金を片手に持つギャングたちの姿が、あった。
ここでいうギャングとは、子供たちの集団のことである。
「あ――」
デューイは、直ぐさま、その車の元へと、駆けつけた。
その時、舜を引きずっていたかどうかは、定かではない。
何しろ、あの生意気な少年が(デューイには可愛いだけであるが)、デューイに手を握らせたまま、文句も言わずに黙っていた、というのだから、まだ、店でのショックから立ちなおれていなかった、ということだけは、確かである。
そして、デューイも、舜がおとなしくしていたために、その時は、気にも留めていなかったのだ。
「何をしているんだ!」
と、その人の善さそうな面貌からは、思いもよらない、しっかりとした声で、少年たちを、怒鳴りつける。
少年たちが、ハッとするように、顔を上げた。
普通なら、そのまま逃げ出すか、デューイに襲い掛かって来るか、二つに一つであっただろう。
だが、少年たちは、逃げもせず、かといって、デューイに襲い掛かるでもなく、その場に茫と、立ち尽くしていた。
デューイの双眸を見た途端、茫と虚ろな表情になったのだ。
「もう家に帰るんだ。二度と、こんなことをしてはいけない。――解ったね?」
デューイが言うと、少年たちは、素直に、コクリ、とうなずいた。
いつも、問題しか起こさないギャングたちが、である。
茫と家路を辿り始める少年たちの姿に、周囲の視線が、信じられないものを見るように、沈黙した。
デューイは、といえば、
「あ……あ……。鍵穴に傷が……」
と、もういつもの人格に戻って、愛車のボディを、撫で回している。
「失礼」
と、その背中に、声がかかった。
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