上 下
133 / 533
五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 26

しおりを挟む



「《木乃伊ミイラ洞窟ペチェル》を探すぞ。そこに結界を作ってる元があるんだ」
 舜は言った。
「へ? でも、それは修道院の地下の――」
「まだ人狼になって蘇っていないミイラがいるんだよ。とっておきの親玉が――。その琥珀に閉じ込められた虫みたいに、大昔から眠ってる奴が、な」
 デューイには一向に、解らない話である。
 それでも結局、ついて行くのだから、力の関係は――いや、愛情の関係は、健気で、情けない。
 しかし、この結界の中、そんな洞窟を探すことが出来る、というのだろうか。舜は自信たっぷりのようだが――。
「あの、舜、この廊下、さっきも通ったような気がしないでも……」
「あ、そうか。ここ、結界の中だったんだっけ」
 ……やはり、この少年のやることを全て、信用してはいけない。
 黄帝が溜め息をつく姿が、見えるようである。
「あの、舜、少し状況を説明してもらえると、嬉しいんだけど……。これもまた、昨日の森でのことや、ぼくの部屋でのことと同じように、イリアのイタズラなのかい?」
 デューイは訊いた。
「違うよ」
 舜は言った。
「あ、ああ、そうだよな。彼はもう充分、反省してたし、本当はやさしい子で、もうこんなイタズラをして、ぼくたちを追い出そうなんてことは――」
「考えてないだろうな。今回はイタズラじゃなくて、本気なんだから」
「え?」
「悪魔と契約を結ぶには、生贄がいる、ってことだよ」
 そういうことをあっさりと言ってしまうのだから、この少年、恐怖心というものに、欠けている。
 もっと、オロオロとしながら言ってくれれば、それなりに雰囲気も出るのだが……。
 まあ、イリアやリジアの力と、舜の力とでは、どう見ても舜の方が何倍も――何十倍も上で、オロオロとする必要もないのだろうが。
 だが、それは向こうも承知していることであるはずなのだ。こういう場合、何かの罠が待っている、と考えなくてはならない。
「まさか、飢え死にするまで待つ気じゃないよなぁ……。今日は満月だし、絶対、何か起こると思ってたんだけどな……」
「そ、そういうありがたくない予測は……」
 デューイが言いかけた時であった。
 廊下の先から、何やら、ゴーっ、という、滝の落ちるような音が、聞こえて来た。
「まさか……」
「舜?」
「逃げるぞ!」
「へ?」
「この寒い日に泳いで、火傷したくなかったら、早くしろ!」
 聞いたことはないだろうか。吸血鬼が、流れる水を嫌う、という話を。
 舜とデューイの前には、その水が、凄まじい勢いで、押し寄せて来ていた。
 だが、翻った目の前にも、障害がある。
「壁が――」
「さっきはこんなもの、なかったのに!」
 水は、もうすぐそこまで、迫っていた。
 あの水に囚われては、いくら舜といえど、逃げ出すことなど出来ないだろう。
「こんな壁!」
 舜は、両手を翳して、気功を放った。
 壁が、瓦礫を撒き散らして、崩れ落ちる。
 だが――。
「うわあ!」
 壊れた壁の向こうにも、また水が押し寄せて来ていた。
 所謂、絶体絶命、というやつである。
 しかし、見よ。舜の瞳が赤光を放ち、《夜の一族》のものに変化したではないか。
 あまりにも神秘的な、美しい姿に。


しおりを挟む

処理中です...