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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)
五夜 木乃伊の洞窟 24
しおりを挟む黄昏に溶けてしまいそうだった月が、夜の中に、白く儚く、際立っている。
舜は、その月明かりの差し込む城の中を、ぐるぐると歩き回っていた。
数時間かけて、同じところを、何度も、何度も――いや、何度巡っても、同じ場所に出てしまう、と言った方がいいだろうか。
昨夜、森の中でそうであったように、今回は、城の中で同じ目に遭わされているのだ。狼の統率者である森の精に、迷わされているように。
「これって、やっぱりマズイよなぁ。また昨日みたいに、いきなり知らない場所に出ちゃう、とかありそうだもんな……」
高窓から注ぐ、白い光を見つめながら、舜は言った。
数時間も歩いている、というのに、疲れてはいないようである、この少年。
まあ、人間と同じように考えてはいけないのだが。
「儀式の時間まで、出してくれないのかなぁ」
考えつく方法は、全て、一通り試してみたのだ。城の壁を破壊して回ったりもしたし、窓から飛び降りてみたりも、した。
だが、何をしても、また結局、同じ場所に辿り着き、壊した壁も、元の通りに直っているのだ。
「んー、マズイよなぁ……。もうきっと、黄帝にはバレてるよなぁ。あいつが、この結界の存在に気づかないはずがないんだから」
相手の罠に嵌まってしまったことを、父親に知られるのが、何よりも怖いのである、この少年。
何しろ、あの青年ときたら、自分が気づいていても、舜が気づいていないのなら、目の前に奈落への門があっても、放っておく、という冷血漢なのだから。
舜が生きて帰って来なくても、気にもせず、すぐに別の子供を作って、新しい後継者候補を――。
「あ……。そうか。オレ、もうあいつの後継者候補じゃないんだ……」
舜は、ハタと思い出したそのことに、小さな声で、呟いた。
『心配しなくても、君が厭なことは、私がしてあげますよ。後継者候補から外れたとはいえ、君が私の息子であることに、変わりはないのですから』
あの時の黄帝の言葉が、脳裏に過る。
――厭なことは……。
厭なことでも、誰かがそれをしなくてはならない、というのだろうか。他の誰かがしてくれるのを待つか、自分ですることを選ぶか、それで、その人間の位置が決まってしまうのだと。
己を抑制できない弱い者がいれば、誰かが、その弱い者を救ってやらなくてはならないのだと――。
「オレ……オレ、そんなに立派な人間じゃないぞ……。黄帝みたいに強い奴が、そういうことをやってればいいんだ」
「強くなってからでは、弱い者のことを考えてやることなど、出来なくなるのですよ」
「え?」
突然、聞こえたその声に、舜は、ハッとして、顔を上げた。
もちろん、姿は、見えない。
結界の外から、話しかけているのだ。
しかし、それが誰の声であるのか知るのに、不自由はなかった。
「クソォ! ずっとそうやって聞いてたんだなっ。いつもいつも、卑怯な真似ばかりしやがって!」
と、怒りに任せて、怒鳴りつける。
「傷つきやすい心を持つ子供時代、というのは、いつまでも続くものではありません。それでも、その時代にしか学べないことは多くあり、また、学ばなくてはならないこともあるのです」
「それを言うために出て来たのかよ!」
「いいえ。デューイさんもそこに迷い込んでしまったようですから、ちゃんと面倒をみてあげてくださいね」
「へ?」
「それだけです」
「それだけです、って――。おい! ちょっと待てよ、黄帝! あいつが来たら、余計に厄介なだけじゃないかっ。何のためにオレが一人で来たと思ってるんだよ! またあいつを危ない目に遭わせたら、あんたに死ぬほど厭味を言われるに決まってるからじゃないか! 勝手なことをいうなよっ。――おい、聞こえてるんだろ、黄帝! お父様!」
返事は何も、返らなかった。
「クソォ……。あいつ、絶対、殴ってやる」
舜は今日も、同じ決意を固めるのであった。
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