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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 21

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「力が失くなれば、力が欲しくなるのは、当然だよなぁ……」
 たとえ、血統は損なわれようと、黄帝や舜のように、桁外れの力を持つ者の血を混ぜて。
 舜の一族の場合、多種族の血が混じっているために、系図は限りなくややこしく、母親も系図を溯れば、黄帝の血を引いている子孫であるというのだから、どこでどうなっているのか、判らない。
 舜にとって、黄帝は父親でもあり、母方から見れば、遠い先祖にも当たるのだ。
 そして、色々な血が混じっているために、一族の体質も安定せず、昼間も歩ける者や、普通の食事で過ごせる者、弱い力しか持たない者、舜や黄帝のように、より古(いにしえ)の姿に近い、凄まじい力を持つ者……と、その種類も千差万別である。
「でも、イリアは、力なんていらないみたいだったよな……」
 あの時、イリアは、そう言ったのだ。
『ぼくたちは、ずっとこのままでいいんだ』
 と――。
 ぼくたち――その言い方は、おかしくはないだろうか。
 普通、舜とリジアの婚姻で得られるのは、力の強い子供であり、彼ら自身が強い力を持てる訳ではない。
 本来なら、ぼくたちの一族は、というべきではないのだろうか。
 まあ、あの時のイリアは、かなり興奮していて、言葉になど気を遣っていられなかったのかも、知れないが。
 だが、だからこそ、うっかりと、その言葉を口に出してしまったのだ、とはいえないか。
 興奮していたからこそ、言葉を選ぶ余裕もなく、その〃おかしい言葉〃が口から出てしまったのだと。
「うーん、オレ、やっぱりちゃんと、人の話を聞いてるじゃないか」
 舜は一人、悦に入っている。
 やはり、人格が知れない、この少年。
 その絵は、暖炉の上に、一際古い色で、飾られていた。
 舜は、その絵をじっと、見ていた。
 そして、漆黒の瞳を、見開いた。
「オレ……こいつ、知ってる」



「おいっ、起きろよ、黄帝――じゃなく、お父様! 訊きたいことがあるんだよ!」
「ん……」
「起きろったら! 起きてください、お父様!」
 舜は、黄帝の部屋に入るなり、ベッドに眠る黄帝を、ゆっさゆっさと揺さぶり起こした。
 この少年、人の迷惑、というものを考えないのである。特に、父親の迷惑は。
「んー……」
「んー、じゃないったらっ。子供の話は、ちゃんと聞いてくれるんだろ!」
 親子の縁を切りたいほど嫌っていても、こういう時は、その青年の息子でも、構わないらしい。
「ん……。あのですね、舜くん……。私は、もちろん、君の話を聞きますし……相談にも乗りますが……何分、年ですから、もう少し気を遣って……」
「オレ――ぼく、ちゃんと見て気づいたんだっ。この城の人間――特に、トファルドフスキ氏のことを、どこかで見たことがある――誰かに似てるって――。それで、その誰かも見つけたんだけど、そいつのことが思い出せないんだよっ」
「うーん……。それは、君の普段の集中力が不足しているからで、今度からは、ちゃんと集中して勉強をする習慣を身につけておいた方がいいと思いますよ、私は――」
「身につけるから、今、教えてくれよっ」
 珍しく、熱心である。
 まあ、自分が『生贄』にされるかも知れない、となっては、熱心になる外ないのだろうが。
 もちろん、ここで、生贄にされるかも知れないから助けてください、などとは、その青年に、言ったりしない。そんなことを黄帝に言うくらいなら、生贄にされてしまった方が、マシである。
 何より、その青年、息子を心配して助けてくれるような父親ではないのだ。舜が生贄にされるかも知れない、と聞けば、自ら進んで祭壇を用意し、血を受ける杯を用意してしまうような、血も涙もない父親なのである。
 あふ、と大きな欠伸をし、黄帝が、やっと、ベッドの上に、身を起こした。
 吸血鬼の眠りは浅く、熟睡している時でもない限り、人の気配を聞き付けて、パッ、と目を醒ますはずなのだが……この青年に限っては、どう解釈をすればいいのか、判らない。
 まあ、強いて言うなら、あまりに長く生き過ぎたために、パッ、と目醒めなくてはならないほど、危険なものが、彼にはもう無いのだ、ということになるだろうか。
「寝入りばなに起こされるのは、年寄りには堪えますねぇ……」
 などと、玲瓏な面貌を、歪めている。
「教えてくれたら、寝てもいいから」
 当然である。


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