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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 9

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 狼の遠吠えが、聞こえる。
 鬱蒼と暗く茂る森の中、蒼い月を呼ぶように、気高き獣たちが徘徊している。
 森の精レサヴィクは、スラヴ全域で知られているが、セルビアやクロアチアでは、レスニクといい、『神秘的な狼の統率者』であるらしい。
 このウクライナでは、リスーンという。
 コンコン、とドアにノックが届いた。
 そろそろ夜が明けようとする時間――舜たちには、眠りにつこうとする時間のことである。
 寝床に入っていた舜は、面倒臭げに顔を出し、
「どーぞ」
 と、一応、声を返した。
 部屋へと入って来たのは、デューイである。
 その面貌は、思い詰めるように、真摯だった。
 考えたくはないが、舜の脳裏には、厭な予感が過っていた。
 デューイが同性愛者である、ということは、舜も一応知っているので、もしかしたら、舜を女に取られるくらいなら、今日、この場で舜を我が物にしよう、と――考えるはずも、ない。
 第一、デューイが舜に襲い掛かったところで、舜の方が遥かに力が上なのだから、デューイにどうこう出来るものではない。
 それなら、舜の厭な予感、とは――。
「狼の声が気味悪くて、眠れないんだ……。何か、ここ、幽霊でも出そうな城だし……」
 デューイは言った。
 ちょっと前まで人間であっただけあって、まだ《夜の一族》の生活に馴染めていないのである。
 舜など狼は友だちだし、幽霊なんて、ちっとも怖くはないのだが。
「なら、無理に寝なくても、起きてりゃいいだろ」
 冷たい口調で、舜は言った。
 いくらデューイの面倒をみなくてはならない立場にあるとはいえ、添い寝して、小守唄まで歌ってやらなくてはならない義務はない。
 デューイは、しゅん、と項垂れている。
 もちろん、少年趣味がバレてしまってから、舜には変態扱いされ、冷たくされているのだから、これもいつものことなのだが。それでも、人間が出来ている、というか、人が良い、というか、腹など立てないのである、この青年。
 まあ、一番に来るものは、舜に嫌われたくない、ということなのだろうが。それに、子供の言動に腹を立ててしまうほど、心の狭い人間ではないのである。――単に、ニブイだけ、という意見もあるが。
 そして、舜も、デューイに悪気がないことは解っているので――それに、少し負い目もあるので、
「五分だけ付き合ってやる」
 と、威張って言った。
 どうやら、負い目のことと、態度のデカさとは、関係ないらしい。
 やはり、子供である、この少年。
 それでも、デューイは嬉しそうなのだから、他人がとやかく言うこともないのだろう。
「んー、気が紛れるような話がいいかナ」
 おや、結構、本気で考えてやっているようだから、この少年、少しは成長したのかも知れない。見合いが効いたのだろうか。女は、男を成長させるものなのである。
 もともと舜にしても、デューイを嫌っている訳ではなく、ただ、優しくして誤解されてはたまらないことと、本来の性格のために、こういう態度になっているのだ。
 何しろ、その青年ときたら、思い込みが激しいのだから。
「ロシアに来たんだから、ロシアの話がいいかな。食事のあと、リジアに聞いたんだけど――」
 なんと、もう個人的なお話しをしたようである。
 これは、デューイにはちょっと、面白くない。
「南スラヴでは、狼は悪魔的な存在なんだってさ。死者の霊魂は狼となって復活する、って――。だから、狼がよく吠える日は、死者が一杯出て、復活しているのかも知れないぜ」
 何のことはない。親切なフリをして、脅かしているのである。
 デューイの面は、もう真っ蒼である。
 確かに、舜には怖くも何ともない話なのかも知れないが、デューイも同じか、となると、疑問符がつく。
「あ、あの、舜、もっと楽しい話を……」
「動物の話が一番、可愛くていいじゃないか。映画でも、動物や子供を扱った話は、ウケるんだぞ。ミュージカルと映画の国で育ったクセに、そんなことも知らないのか?」
「そ、それは、まあ……。でも、動物にも種類があって、ストーリーも――」
「これだから、人間だった奴は、やなんだ。動物でも何でも、差別する」
「そういう訳じゃ――っ」
 こうなると、デューイがますます可哀想である。
 しかし、舜の言うことも、解らないではない。
 ついでに、もう少し大人になってくれれば、いうことはないのだが……道は険しそうである。


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