華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 5

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「そちらが、あなた様のご子息の……」
「ええ、舜といいます。隣にいるのが、私のところでお預かりしている客人の、デューイ・マクレー氏。アメリカ人です」
「ほう。あなた様の元で、などとは羨ましい」
 どこが羨ましいんだ、と舜は思ったが、口に出すことはしなかった。
 あの山奥での生活を知らない人間に何を言っても、無駄である。それに今は、そんなことより、もっと気になることがある。
 まあ、それには順序というものがあって、一通りの自己紹介が済み、その老人が、ユーリィ・トファルドフスキである、と聞いてからになった――のだが、
「――では、お疲れでしょうから、先に部屋に案内させましょう。孫には夕食の時にでも、ゆっくりと」
「え……」
 と、舜は思わず声を上げてしまったが、まさか、今逢わせろ、とも言えないので、結局、黙って部屋へと案内されてしまった。飽くまでも、見合いになど関心がない、という建前で来たのである。
「あーあ。これだから年寄りって厭なんだよなぁ。本題に入るまでが、長くって」
 二階の豪華な一室に案内され、舜は、天蓋付きの大きなベッドに横たわりながら、悪態づいた。
 一応、部屋は三人ともに、別々である。寝室だけで数十もある、という城なのだから、それも当然であっただろう。
 しかし、こんな森の奥の、人里離れた城の中での生活では、中国の山奥での生活と変わらない。唯一、違う点があるとすれば、それは、女の子がいる、ということだけで。
 そして、男の子である舜は、それだけで充分、喜べた。
「晩ごはんまで、散歩でもして来ようかな」
 舜は窓の外へと視線を向け、その心地よい暗さに、呟いた。
 決して、もしかしたらそのに逢えるかも知れない、などという下心があった訳では……いや、あってもいいではないか、十六、七歳の男の子なのだから。
 そんなことを考えていると、突然、窓の向こうに、真っ赤な双眸を持つ、黒い獣の影が、現れた。
「え?」
 ガバ、っと体を起こしたが、舜が窓へと駆け寄った時、その獣の姿は、もうどこにも見えなくなっていた。
 自慢ではないが、舜の足は、普通の人間の何倍もの速さで走れるのである。それでいて、舜が窓へと着いた時、もう姿が見えなくなっているなど……。
 何よりここは、天井の高い城の、二階であるはずなのだ。獣といえど、上って来れるはずもない場所である。
 それに、舜の見間違いでなければ、さっきの獣は、人間の腕をくわえていたような気がしないでも、ない。
「……何か、厭な予感がして来た。だいたい、黄帝の知り合いに、ロクな奴はいないんだからな」
 舜は、ぐったりと肩を落とした。
 それは、紛れもない真実である。
 だが、二階の窓に、人間の腕をくわえた獣が姿を見せても、割りと落ち着いているのだから、この少年、ただ者ではない……。



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