112 / 533
五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)
五夜 木乃伊の洞窟 5
しおりを挟む「そちらが、あなた様のご子息の……」
「ええ、舜といいます。隣にいるのが、私のところでお預かりしている客人の、デューイ・マクレー氏。アメリカ人です」
「ほう。あなた様の元で、などとは羨ましい」
どこが羨ましいんだ、と舜は思ったが、口に出すことはしなかった。
あの山奥での生活を知らない人間に何を言っても、無駄である。それに今は、そんなことより、もっと気になることがある。
まあ、それには順序というものがあって、一通りの自己紹介が済み、その老人が、ユーリィ・トファルドフスキである、と聞いてからになった――のだが、
「――では、お疲れでしょうから、先に部屋に案内させましょう。孫には夕食の時にでも、ゆっくりと」
「え……」
と、舜は思わず声を上げてしまったが、まさか、今逢わせろ、とも言えないので、結局、黙って部屋へと案内されてしまった。飽くまでも、見合いになど関心がない、という建前で来たのである。
「あーあ。これだから年寄りって厭なんだよなぁ。本題に入るまでが、長くって」
二階の豪華な一室に案内され、舜は、天蓋付きの大きなベッドに横たわりながら、悪態づいた。
一応、部屋は三人ともに、別々である。寝室だけで数十もある、という城なのだから、それも当然であっただろう。
しかし、こんな森の奥の、人里離れた城の中での生活では、中国の山奥での生活と変わらない。唯一、違う点があるとすれば、それは、女の子がいる、ということだけで。
そして、男の子である舜は、それだけで充分、喜べた。
「晩ごはんまで、散歩でもして来ようかな」
舜は窓の外へと視線を向け、その心地よい暗さに、呟いた。
決して、もしかしたらその娘に逢えるかも知れない、などという下心があった訳では……いや、あってもいいではないか、十六、七歳の男の子なのだから。
そんなことを考えていると、突然、窓の向こうに、真っ赤な双眸を持つ、黒い獣の影が、現れた。
「え?」
ガバ、っと体を起こしたが、舜が窓へと駆け寄った時、その獣の姿は、もうどこにも見えなくなっていた。
自慢ではないが、舜の足は、普通の人間の何倍もの速さで走れるのである。それでいて、舜が窓へと着いた時、もう姿が見えなくなっているなど……。
何よりここは、天井の高い城の、二階であるはずなのだ。獣といえど、上って来れるはずもない場所である。
それに、舜の見間違いでなければ、さっきの獣は、人間の腕をくわえていたような気がしないでも、ない。
「……何か、厭な予感がして来た。だいたい、黄帝の知り合いに、ロクな奴はいないんだからな」
舜は、ぐったりと肩を落とした。
それは、紛れもない真実である。
だが、二階の窓に、人間の腕をくわえた獣が姿を見せても、割りと落ち着いているのだから、この少年、ただ者ではない……。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました
竹比古
恋愛
今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。
男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。
わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。
司は一体、何者なのか。
司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。
失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。
柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。
謎ばかりが増え続ける。
そして、全てが明らかになった時……。
※以前に他サイトで掲載していたものです。
※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる