華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

文字の大きさ
上 下
109 / 533
五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 2

しおりを挟む


「あの、もしかすると、気分が悪くなっていたりするかも知れないし、CAさんに様子を見て来てもらった方が……」
「大丈夫ですよ。あなたは安心して休んでいてください」
 父親なら、もう少し心配してほしい。
 まあ、子供を信頼するのは大切なことなのだろうが……この青年の場合、一概にそうとも言えないのである。何しろ、この青年、自分の息子が気分が悪くて寝込んでいても、頭を踏んずけて歩くような父親なのである――と、当の息子である舜は、言っている。
「黄帝様がそうおっしゃるのなら……」
 納得してしまう方も納得してしまう方だが、さっきも言ったように、このデューイというアメリカ人青年、黄帝に絶対的な信頼をおいているのだ。
「でも、どうして舜だけ座席が離れてしまったのでしょうか? 春のこの時期に、席が取れないほど飛行機が混むなんて……」
 白夜のシーズンや、七、八月の観光シーズンならともかく、今は厳しい冬がやっと終わったばかりの季節なのである。 しかも、今日思い立って、急いで飛行機に乗り込んだ訳でもなく、以前からきちんと予約している。
「おや、言っていませんでしたか?」
「え?」
「舜くんが、どうしても私と一緒に乗るのは厭だ、というので、わざわざ離れた席を予約したのですよ。あの子の我が儘さには、本当に手を焼かされます」
 はぁ、と疲れるように溜め息をついて、やはりのんびりとした口調で、黄帝は言った。
 子供もあれくらいの年になると、親から離れたくなるものなのである。――といっても、飛行機の席まで別にしたがる、というのは、少々極端すぎるような気がしないでもないが。
 それに、この青年の息子なら、多く見積もっても、六、七歳の幼子であるはずだ。
 もちろん、それは、その青年が二七、八歳だとして、の仮定であるが。
「あの、舜はどの辺りに……」
 自分は座席に張り付いたまま動けないので、デューイはそれを知る唯一の手段として、黄帝に訊いた。
 乗る前から緊張していたために――それに、まさか座席が離れているなどとは思ってもいなかったために、そんなことまで気にしてはいなかったのだ。
 黄帝の方は、
「うーん……。どこだったでしょうねぇ……。年を取ると忘れっぽくなってしまって……。確か、空港にはちゃんといたと思うのですが、乗る時までは気にしていませんでしたから」
「は、はあ……」
「ああ、そうそう。確か、エコノミーを取ったのではなかったでしょうか」
「へ……?」
 ここは、ファースト・クラスである。しかも、日本の航空会社がサービスがいい、というので、わざわざ日本まで行ってから、この旅客機に乗り込んでいる。
「同じ空気も吸いたくない、ということでしたので、そうしたのですよ。今、思い出しました」
 やはり、この父親、何を考えているのか解らない。まあ、人それぞれに教育方針、というものがあるのだろうから、他人が口を挟んだりしてはならないのだろうが。
「眠れないのでしたら、催眠術でもかけてあげましょうか、デューイさん?」
 飽くまでも、客人であるデューイには優しいのである、この青年……。




 一方、一人でエコノミーに乗っている舜の方は――。
「あー、やっぱり、あのボケおやじと、変態のアメリカ人がいないと、ホッとする」
 結構――どころか、これ以上はないほど、くつろいでいたりする。
 もっとも、飛行機に乗るのも初めてで、ファースト・クラスが、どれほど心地良いものであるのかも、知らないのだが。
 何しろ、山から下りるのも四度目、という、田舎者の典型のような少年なのである。
 物心付いた時から、ずっと中国の山奥で父親たる黄帝と二人で暮らし、つい最近まで、自分の目で外の世界を見たこともなかったのだ。
 もちろん、見たことはなくても困らない程度の知識は持っている。 それに、元来、物怖ものおじしない性格なのだから、不安もあるまい。今は、父親から離れることが出来て、万々歳、という訳である。
 こちらは黄帝とは違って、見た目も精神こころも十六、七歳の少年である。あの青年の息子だけあって、さすがに端麗に整った面貌をしている。夜の精霊のような射干玉の瞳も、さらさらとした黒髪も。誰もが見惚れるような、麗容である。
 あの青年もそうだが、普通の人間とは、どこか違う雰囲気を持っているのだ。普通の人間には絶対に持ち得ない、神秘、とでも言えるようなものを。
 彼を見て、山奥で育った田舎者の少年、というイメージを持つ者は、いないだろう。
 蒼い夜の天空にこそ、相応しいと思える少年なのだ。
 今日は、あの青年と同様、貴族の子弟のようなスーツに身を包んでいる。普段から現代的な服装をしてはいるのだが、山奥での暮らしなので、スーツを着るのは初めてである。
 まあ、それで、性格の方まで変わる、という訳ではないのだが……。



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

竹比古
恋愛
 今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。  男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。  わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。  司は一体、何者なのか。  司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。  失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。  柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。  謎ばかりが増え続ける。  そして、全てが明らかになった時……。  ※以前に他サイトで掲載していたものです。  ※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。  ※表紙画:フリーイラストの加工です。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

思想で溢れたメモリー

やみくも
ファンタジー
 幼少期に親が亡くなり、とある組織に拾われ未成年時代を過ごした「威風曖人亅 約5000年前に起きた世界史に残る大きな出来事の真相を探る組織のトップの依頼を受け、時空の歪みを調査中に曖人は見知らぬ土地へと飛ばされてしまった。 ???「望む世界が違うから、争いは絶えないんだよ…。」  思想に正解なんて無い。  その想いは、個人の価値観なのだから…  思想=強さの譲れない正義のぶつかり合いが今、開戦する。 補足:設定がややこしくなるので年代は明かしませんが、遠い未来の話が舞台という事を頭の片隅に置いておいて下さい。 21世紀では無いです。 ※ダラダラやっていますが、進める意志はあります。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...