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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)
四夜 燭陰の玉 9
しおりを挟むある日、何の前触れもなく、それは、起こった。
大地が神々の怒りのような轟きをもって、地の底に眠る巨人を揺さぶり起こし、大地を数度、持ち上げたのだ。
大地は長く揺れ続け、至る所で土が盛り上がり、或いは裂け、または沈んだ。
その地鳴りの後には津波が襲い、浜辺の町を、抉り取った。
海から昇った火柱が、激しい水煙を吐きながら、幾つもの石を、放り投げる。
やがて、そこには島が現れ、その中心には、煙を吹き上げる山が、存在していた。
果たして、人々には、それが海底火山の噴火によって誕生した島である、と知り得たであろうか。
大陸を襲った地震や津波も、その火山の噴火が原因であったのだと。
それから数日――。
「あれって、火の神が降りた跡だ、っていうけど、ほんとかなぁ?」
交易のために、アジアから無得へと渡る船の上で、幼子が、煙を噴く島の方へと、視線を向けた。
「年寄りの炉端話さ。ラ・ムーは何もおっしゃっていない」
年の離れた兄、と思える少年が、そう言って、焦げ茶色の瞳を、薄く細める。
だが――。
だが、この間から、何かが違う、というような胸騒ぎがしてならないことも、事実であった。何か、とてつもないことが起こる前触れのような――。
もちろん、呪術師の郷の女のようには、それを見通せるほどの才を持っている訳ではないのだが、彼も一応、その村の出身――血族である。
港町で暮らし、こうして、無得とアジアの間を行き交い、無得で手に入れた品物を、呪術師の村へ送る仕事をしているのだが、それでも、血が騒ぐ、ということは、時折、ある。
そして、今回の胸騒ぎは、これまでにない、不安を呼び起こすものであった。
だが、本来の楽天的な性格のこともあって、
「ま、いいか。村からも、何の知らせも届いてないし」
と、軽く受け流してしまったのである、その時も。
「ねー、京仔ねーさまの赤ちゃん、もう生まれたかなぁ?」
幼子が、わくわくと胸を躍らせるような眼差しで、少年を見上げた。
「今度帰った時に逢えるさ。黄帝様の御子だから、きっと、凄い才を持って生まれて来る。神の子なんだからな」
「……ぼく、黄帝様に、一度も逢ったことがない」
「黄帝様は、京仔以外の者には、お会いにならないんだ。神に逢えるのは、限られた人間だけなんだからな」
「でも、村の人は、すごくきれいな人だとか、月の神のような人だとか、言ってた」
「見た訳じゃないさ。女は呪力が強いから、雰囲気でそれが解るんだ。それに、黄帝様、というのも、人の子が呼ぶところの名で、あの方の本来の名前を知る者は、どこにもいないらしい」
「ふーん」
幼子が言った時であった。
不意に、息が詰まるような胸騒ぎが起こり、少年は、ハッと体を強ばらせた。
煙を噴く島が現れる前に感じた胸騒ぎよりも、もっと凄まじいものである。まるで、自らの命が、危険にさらされているような。
「――樹誠にーさま?」
幼子が、不思議そうに、顔を上げる。
「……逃げなきゃ」
「え?」
「ここにいちゃ、いけない……。何か……判らないけど、ここにいちゃ、いけないんだ」
樹誠は、全身が鳥肌立つその気配に、一点を凝視しながら、真摯に言った。
「でも、ここ、船の上だよ」
「そんなことは解ってる。船の荷を捨てて――いや、そんなことをしてたら、間に合わない。すぐにここから逃げなきゃならないんだ」
そう言ったものの、樹誠には、海の上から逃げる手段など、何一つ思い浮かばなかった。
「あ、樹誠にーさま、泡だよ。海から泡が上がって来る――」
その言葉が終わるか終わらないかの内に、突然、海面が盛り上がり、内臓を口から抉り出されるような衝撃が、走った。
「にーさま――」
「しっかり捕まってるんだ!」
「こわいよ、にーさまっ。――助けて、京仔ねーさま、黄帝様――!」
凄まじい水煙が噴き上がり、火柱が激しく天を突く。
その衝撃に、船はあっと言う間に崩壊した。
だが、それはもう、二人には解らないことであった。
ただ、サラサラと砂がまとわりつくような、そんな心地よさだけを感じて、いた……。
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