97 / 533
四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)
四夜 燭陰の玉 8
しおりを挟む「呪力を引き継ぐ娘たちを連れて参りました、炎帝様」
男たちが、娘を降ろして、畏まった。
「ご苦労」
炎帝は言い、
「黄帝がおまえたちに用があるそうだ」
と、反対側に立つ、月の麗人へと、視線を向けた。
「はっ」
男たちが、娘を残して、黄帝の方へと、歩き出す。
わずかに、砂塵が、立ち昇った。
だが、この黒曜石の床の上に、砂など積もっていたであろうか。
否。
洞窟の入り口から流れて来た、砂である。
「……黄帝様?」
男たちの声が、恐怖に震えた。
彼らには、それが何を意味するものであるか、解ったのだ。
とたんに顔を引きつらせ、その場で足を止めている。
「私の妻を連れて来てくれたことに、礼を言おう」
黄帝は言った。
「妻……?」
その言葉に、男たちの面が、堅く凍った。
信じられない言葉を聞いた時のように、滅多にかかない汗を、浮かべている。
赤く熱い川を眼下に見た時でさえ、かいていなかった汗である。
「お、お待ちください、黄帝様! 我々は、ただご命令の通りに――」
「私は炎帝と戦うことになるだろう。その時に、誇りなき一族の者は邪魔だ」
カッ、と黒き双眸が、赤光を放った。
黄色い砂が舞い上がり、男たちの体を包み込む。
「ひっ。待――。お待ちください、黄帝様! 我々は――」
男たちの言葉は、続かなかった。
砂は、男たちの体の外側を覆うだけでなく、口や耳、鼻や目から体内に入り、また、毛穴の一つ一つからも侵入し、総毛立つほどの痛みと苦しみを、男たちに与えた。
「ぐ……う……う……」
砂が造り上げた像のような男たちが、くぐもった呻きを、全身から、洩らす。
そして、見よ。体を包むその黄土が、見る間に赤く色を変え、悍ましい血臭を放ち始めたではないか。
男たちの血を、吸い出しているのだ。
男たちは、動くことも出来ないのか、砂に与えられる苦痛のままに、恐ろしい呻きを上げ続けている。
「相変わらず、人をいたぶり殺すことにかけては、私より上だな、黄帝よ。砂が肉を貫き、血管を破り――その苦痛が、私の肌にも伝わって来るようだ」
じわじわといたぶり殺されて行く男たちを見ながら、炎帝が言った。
冷酷さでは引けを取らない二人であっても、それをどこで出すかの違いがあるのだろう。
杭であっさりと殺されるよりも、死に切れないまま、殺し続けられる方が、酷である。
「寝室を貸してもらう。京仔には休息が必要だ。呪術を扱うだけの力が戻れば、《燭陰の玉》のことを訊くがいい。それまでは、他の娘を使って探させることだ。――京仔に次ぐ呪術師だと自称する娘は、私が殺してしまったがな」
そんな恐ろしい言葉を口にして、黄帝は、娘たちの倒れる一角へと、足を向けた。
「どこまでも冷酷で、冷静な男よ。私に心残りがないよう、《玉》探しの時間をくれる、というなら、私もまた、そなたに心残りがないか、訊いておかなくてはなるまい」
炎帝は言った。
「私の灰は必ず河に流し、二度と目醒めぬようにすること――。それだけだ」
「随分、贅沢な望みではないか」
「互いに長く生き過ぎた。それくらいの贅沢は赦されるだろう」
黄帝はそう言い残して京仔を抱き、奥の寝室へと姿を消した。
「望みは聞き届けてやろうぞ、黄帝よ。私以外に、そなたを倒せる者などいないのだからな、愛しき血族よ……」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました
竹比古
恋愛
今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。
男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。
わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。
司は一体、何者なのか。
司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。
失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。
柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。
謎ばかりが増え続ける。
そして、全てが明らかになった時……。
※以前に他サイトで掲載していたものです。
※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる