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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)
四夜 燭陰の玉 7
しおりを挟む「呪術師の村……」
炎帝が口にしたその言葉に、黄帝は、麗しき面貌を、初めて、変えた。
声が聞こえたのは、その時であった。
『……これでよろしいのですね、黄帝様?』
遠き村で、京仔が口にした言葉である。
どれほど離れていようと、己が名を呼ばれれば、黄帝には瞬時に聞こえるのだ。
「京仔――」
黄帝は、ハッと面を持ち上げた。
透き通るほどの蒼き面貌は、冷たく、厳しいものに、変わっている。
「何故、もっと早くに私を呼ばないのだ、京仔――」
「そういう娘だからこそ、子を産ませてやったのではないのか、黄帝よ」
玉座と呼ぶに相応しい椅子に腰掛け、炎帝が言った。
「……呪術師の村を滅ぼす必要が、どこにある?」
「私は人の子を、そう甘くは見ていない。呪力は女しか継がぬと聞いたが、そうではないかも知れぬ。それに、今回のことで、《燭陰の玉》のことを知る人間が出来れば、それが後に、どんな結果を引き起こすことになるとも限らん。その時に殺すのも、今殺しておくのも、同じことだ」
「随分と弱気ではないか、炎帝よ」
月の化身の如き麗容で、黄帝は言った。
「かも知れぬな。人の子の種類にもよるが――。そなたが妻に、と思うほどの娘だ。手加減はいるまい」
「……」
「――助けに行かずともよいのか、黄帝よ?」
「村が滅びようと、知ったことではない。京仔はすぐに、ここへ連れて来られるのだろうからな」
何という二人なのであろうか、彼らは。
まさしく、人々が言うところの、魔物ではないか。
人とは別の世界に棲んでいる。
「心地よい言葉だ。人は、誇りを持って死んでこそ、美しい。確かに人の子にも美しい瞬間があるのだ、と思わずにいられない。我が一族の手足の誇りのなさが、恥ずかしいほどだ」
「その始末、私が引き受けよう」
それからしばらく、二人は言葉もないまま、その洞窟の中で、過ごしていた。
彼らの放つ妖気のせいか、洞窟の入り口近くの赤い川が、沸々と音を立てて、盛り上がっている。
戦っているのだ、その二人は――。一歩も動かずとも、視線一つ合わせずとも、互いに隙を見せることなく、張り詰めるような戦いを、続けている。
それは、今に始まったことではなく、もう何年も――或いは、何百、何千、何万年と、続いて来た戦いではないのだろうか。
互いの力が拮抗しているからこそ手を出せず、もし、手を出して、力の打付け合いにでもなれば、互いに無事ではいられない。
もし、動けなくなった時に、他の一族の者に止めを刺されるようなことになってしまっては――醜い権力争いが、瞬く間に始まることになってしまう。
だが、もし――。
もし、今、他の一族の者たちが全て死に、彼ら二人だけになってしまったとしたら――。
「来たようだ」
炎帝が言った。
もちろん、それは、黄帝にも解っていただろう。
あれから三日――長きを生きて来た彼らには、待つことも苦にならない時間である。
少しすると、火山の火口に通じる洞窟の先から、四人の一族の者――同族と、催眠状態の、村の娘たちが姿を見せた。
十人近くいるだろうか。皆、男たちの肩に軽々と担がれ、抵抗するでもなく、茫としている。
大抵の娘が、熱さに汗をかいていたが、ただ一人、京仔だけは、汗もかかずに、担がれていた。
炎帝には解ったであろうか。その娘の体が、目にも見えない、細かい砂で覆われていることを。
魔物が人の子を愛したとて、どれほどの咎が課される、というのか。
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