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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)
四夜 燭陰の玉 6
しおりを挟むそも、《燭陰の玉》とは――。
遥か昔、鐘山と呼ばれる深き山に、燭陰、または、燭龍と呼ばれる神がいた、と云う。
その神が目を閉じると夜が訪れ、目を開くと昼が訪れ、口を窄めて強く息を吹くと冬が訪れ、口を開いてゆっくりと息を吐くと夏が訪れる――そういう伝承が、残されて、いる。
「我らの望む時に夜を呼べるその玉は、我が一族には、またとない宝だ。宝器は、使い方を知る者が持ってのみ、意味をなす」
玉が不可思議な力を持ち、珍重されているのは、何もアジアだけのことではなく、どの世界でも、人々は、玉の美しい輝きに、飽くことのない執着を見せる。
だが、それほどの力を持つ玉など、他には何処にもなかったであろう。
「――で、何故、私を呼んだ?」
物静かな眼差しで、黄帝は訊いた。
「何故?」
炎帝は、フッと鼻を鳴らし、
「私とおまえは、いつも二人でやって来た。それに――。さすがの私も、数百の火山を、一つ一つ噴火させて回る、などという真似をしていては身が持たぬ。玉探しで私の力が弱まれば、危険分子たるおまえに、倒されることにもなるだろうからな」
「……」
「私とおまえの力が拮抗しているからこその、この関係。このようなことで、壊したくはないのだ。――そうだろう、黄帝よ?」
「……それで?」
ぴちゃ、っと血の跳ね返る音が、した。
炎帝が、血の湯船から立ち上がり、ひらり、と軽やかに飛翔する。
黒曜石の床に、血が、落ちた。
血に濡れる肌に、戦衣とも見える、美しい銀色の鎖帷子(くさりかたびら)を纏い、それから、炎帝は、黄帝の方を、振り返った。
「それで、私は、あることを思い出したのだ。呪術師の村には、遠視や、先視に長けた人の子が多くいたことを、な……」
そこかしこで、逃げ惑う人々の悲鳴が上がり、激しい血飛沫が、飛び散った。
年寄りの首が無残に落ち、幼子が大地で踏み潰される。
男たちは武器を手に、女たちは知識を手に戦っていたが、人外の者たちが相手では、それもささやかな抵抗でしか、あり得なかった。
「さすがは、呪術師の村よ。我々の訪れを予期していたか、少しは手ごたえがある」
赤い双眸を持つ男が、乱杭歯を剥き出しにして、ニヤリ、と笑った。
『夜の一族』の一人、である。
ヒュン、と高い音が、風を剱った。
「ぐうっ!」
その呻きを上げたのは、赤き双眸を持つ男であった。
背には、矢が深々と、突き立っている。
だが――。
だが、見よ。男は倒れることもなく、その矢をあっさりと抜き取ってしまったではないか。
「な……っ」
矢を放った村人たちが、目を瞠って、後ろに下がる。
一つの屋敷の扉が開いたのは、その時であった。
中から、きつい顔をした娘が、姿を見せる。
「京仔様――」
誰かが、言った。
「中へお戻りください、京仔様! まだお体が――」
「聞きなさい。その者たちは、魔物。普通の武器では倒せませぬ。香木の杭を、その輩の胸に突き立てるのです。水路の側にいる者は、その水を用いて倒しなさい。どちらも、その魔物が嫌うもの――。我らにも勝機はありましょう」
その言葉に、今度は、赤き双眸を持つ魔物たちが、目を瞠った。
「この娘、何故、我らが一族のことを知っているのだ!」
「よもや、黄帝様が、人の子の娘などに、話された訳では――」
「ええい、怯むな! 所詮、人の子など、我らが一族の敵ではない!」
再び、血の飛び交う戦が、始まった。
魔物たちは、人外の力で村人たちを襲い、村人たちは、水を用いて魔物を払い、沈香の木を持ち出した。
「呪力を持つ娘を全て捕らえるのだ! 炎帝様と、黄帝様のために!」
「……黄帝様?」
赤き双眸の魔物が発した言葉に、村人たちの面が、戸惑いに変わった。
「神が、この村の滅びを定められた、というのか……」
「あれは神ではなく、魔物――。そう言ったはずです」
「しかし、京仔様――」
「神であれ、魔物であれ、この地は人の子のもの――。私たちは、人として誇りを持てばよいのです。神々の試練に立ち向かい、魔物の罠に恐れをなさず」
「か、かしこまりました、京仔様」
月が蒼く、輝いて、いる。
この闇を唯一、照らすものとして――。
「……これでよろしいのですね、黄帝様?」
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