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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)
四夜 燭陰の玉 2
しおりを挟むその青年が村へと姿を見せたのは、陽が山の向こうへと飲み込まれ、全てが闇に包まれてからのことであった。
美しい――月の神のように、玲瓏な雰囲気を持つ青年、である。
長き黒髪を背に零し、この冬の季に、息を白くもせずに、立っている。
人ではない――彼を見たものなら、そう思うだろう。
人が、それほどまでの麗容を備えているはずもない、と。
年の頃をいうなら、二七、八歳であろうか。
それが、彼の実際の年齢であるかどうかは、解らない。この世が天と地に分かたれた太初から存在している、と言われたところで、何の不思議もない人物、なのだ。
神秘、ともいえるものを周囲に纏わせ、見る者全てを、虜に、する。
そして、その蒼白き面貌は、月の落とす影のように、冷淡、でもあった。
その青年の前に、一人の少女が人目を忍ぶようにして、近づいて来た。
十三、四歳の、この村でも一、二を争う美しさの娘、である。
頬を上気させ、
「黄帝様」
と、目の前の青年を、恍惚と見上げる。
帝王の名を持つ麗しき青年、黄帝は、その玲瓏な眼差しで、少女の方へと、視線を落とした。
また、少女の頬が、紅に染まる。
その青年を前にしたなら、誰もが、その神秘の虜になることだろう。
「京仔様のところへ行かれるのですね、黄帝様? 占いで、こちらの方から見える、と出ていました」
少女は、囁くほどの小さな声で、それでも楽しげに、そう言った。
「……呪術師の一族の娘よのう」
その言葉に、少女の胸は、再び、踊った。
しかし、すぐに重く表情を変え、
「あの、わたし――。わたし、京仔様のお屋敷で聞いてしまったのです。京仔様が、あなた様の御子を殺せ、とおっしゃっているところを……」
「……ほう」
「それで、わたし、止めようとしたのですけど、京仔様は、この村で一番、力の重き呪術師で、あなた様の奥方ですから、どうすることも出来なくて……。その御子が殺されるのを、黙って見ていることしか出来ませんでした……。でも、この村の者は、皆が皆、京仔様のように、あなた様のことを魔物だと思っているような愚か者ばかりではありません。わたしも……わたしも、あなた様を、畏れ多き神として、この黄土と黄河の帝王として、崇拝しています」
「……」
「それに……わたし、村の男の人に、京仔様と同じくらいきれいだ、と言われます。長老も、わたしの呪術の才は、この村の繁栄を支える重きものになるだろう、と……。わたしを、あなた様の妻にしていただけませんか? あなた様の御子を、わたしの腹に授けていただきたいのです。きっと、わたしは、あなた様のお役に立ちます」
少女は、媚びるような仕草を作りながら、体を火照らせて、黄帝を見上げた。
見つめ逢う時間が長く続き、黄帝の長い指先が、少女の顎を持ち上げる。
ひどく冷たい指であった。まるで、解けることを知らない氷のような。
黄帝の麗しき面貌が、少女の唇へと、妖しく、近づく。
「黄帝様……」
少女は、その恍惚たる時間に浸るように、唇を開いて、目を暝った。
黄帝の黒き双眸が、赤光を放ったのは、その時であった。
唇からは、鋭い乱杭歯が剥き出しになり、少女の首筋に、深く食い込む。
「あ――」
それ以上の声は、上がらなかった。
少女は、最初こそ、その痛みに声を上げたものの、その後は、血を吸われる恍惚に、茫と体を任せていた。
そう――。その麗しき帝王は、確かに人の血を吸っていたのだ。
凄まじく美しい、『夜の一族』の神秘的な姿で。
悍ましい、という言葉よりも、美しい、という言葉の方が、彼には、似合った。
赤光を閃かせる双眸も、唇から零れる乱杭歯も。
少女の面は、見る間に血の気を失くして蒼白く変わり、急激に血を吸われるショックに、喘いでいた。
唇や指先が、紫色に変わり始める。
だが、それでも黄帝は、血を吸うことをやめなかった。
やがて、少女が動かなくなり、体内の血が全て失くなると、黄帝はようやく、唇を――乱杭歯を、首筋から、離した。
少女が、冷たい地面に、パサリ、と倒れる。
その首筋には、二つの丸い傷痕が、残っていた。
「……そなたに、私の役に立てることがあるとすれば、この程度のことだ」
その言葉を残し、黄帝は、目の前の屋敷へと、足を向けた。
赤き双眸は黒く冷め、乱杭歯も唇に隠れている。
だが――。
だが、その青年は、一体、何者だ、というのだろうか……。
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